きょうの じーちゃん | 転妻よしこの道楽日記

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舅は、小康状態を維持していた。
痰がたまって呼吸が苦しいのは改善していないが、
それでも昨日ほどの苦悶状態ではなく、
きょうは、うとうとと眠れる時間もあり、
やや、落ち着いた一日だったようだ
(前半は主人がついていたので私には詳細はわからないが)。

肺転移がふたつあるため、舅は肺炎の状態が改善せず、
熱が上がれば解熱剤、痰がたまれば吸引、
呼吸苦が募ればモルヒネ(酸素吸入は常時している)、
という方法で、このところずっと対処して来ている。
「胸が苦しい、ケツが痛い」というのが舅の苦情で、
それにときどき、「腹がちくちく痛む」のが加わる。
痛み止めには貼るタイプの麻薬を使っているが、
レスキュー的には座薬も併用されている。

昼過ぎ、舅がやはり呼吸が苦しいと訴えるので、
私は看護師さんに、何かもっと楽になる薬でもないだろうか、
と訊ねてみた。
が、看護師さんの返答は、
『昨日のように苦しければ点滴など増やしてみるが、
きょうはそこまでは必要ないだろうと先生が仰っています』
というものだった。

そうなのか。
使える薬があっても、よくよくでないと許可が出ないのか・・・。
緩和ケアとして、この考え方は私個人にはやや不満だ。
『なるべく薬は控え、我慢できる範囲の苦痛には頑張って耐える』、
というのは、治癒後の健康を考慮している患者には必要な態度だろうが、
ターミナル・ケアに至った舅の場合、どれほどの意味があるのだろう。

しかし、舅本人は、最初から病名告知を受けて理解しており、
最近になってやや混乱はあるものの、
依然として、元気になろうという目標を持っている。
きょうも、舅は主人や私にむかって、
『わしは、どうも入院したほうがいい』(←自宅にいると錯覚している?)
『病院を変えたほうがいいような気がする』
『わしはいつ手術するのか』
などと、治療のあり方についていろいろ訊ねて来た。
舅の意向に添うならば、病気の治療に必要でない薬剤などを、
苦痛を取るためだけに使うことは、やはり、控えるべきなのだろうか。