「妻は家庭」初めて少数派 反対48%、賛成45%(共同通信)
『内閣府が5日付で発表した「男女共同参画社会に関する世論調査」によると、
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という考え方に
「反対」と答えた人が48.9%で、「賛成」の45.2%を
1979年の調査開始以来初めて上回った。』
世の中の考え方が柔軟になって来た、ということであれば、
好ましい結果であると私は感じる。
生きていくためには、外へ稼ぎに行かなければ飢えてしまうし、
家事育児介護その他の家庭経営だって欠くことが出来ない。
ひとり暮らしなら、必要なことは全部自分でやるか人を雇うかで、
家族が複数いれば、分担するのが当然だろう。
ただ、その分担はどういうやり方であっても良いと私は思う。
誰かが稼ぎ専門、別の誰かが家事専門でもいいし、
家族全員が稼ぎに出かけ、帰ってきたら全員で家事をする、でもいい。
その家庭の中で円滑にことが運べば良いのであって、
他人様に認められたり共感して貰ったりすることは重要ではないのだ。
なので、この問題の中で『べき』という言葉を使われるのには、
実のところ、私には、やや抵抗がある。
およそ世の中の人誰にでも当てはまる、望ましい暮らし方、
などというものは、無いのだ。
『ぺき』などと軽々しく、くくらないで欲しいと思う。
『父親も平等に育児をするべきだ』
『女性も仕事を持つべきだ』
等々という考え方で世の中を縛るのであれば、それは、
『夫が主に外で仕事をするべきだ』
『妻は家庭にいて家事や育児をするべきだ』
と同様に、やはり硬直した思想として私には感じられる。
特に、女性の仕事の問題を考えるとき、私は、個人の適性や志向、
各家庭においての家族間のバランスという問題が、
実に多様であるということを軽視してはいけないと思う。
このことは基本的には男性も同様なのだが、
歴史的な背景というか、世の中の慣習の面から言って、
やはり女性のほうが、問題は切実であると思う。
『社会参加をして、自分の名前で生涯、仕事をしたい』女性もいれば、
『外に出るより家にいて、家事育児をするのが好き』な女性もいるのだ。
前者が、『女なんだから結婚して家にいろ。家事育児が女の仕事!』
と周囲に要求されたら、自分を根本から否定されたに等しい状況になる。
夫も子供も、そうした女性にとっては重荷になりかねない。
が、同様に、後者のタイプが、『女も仕事を持つべき!』などと言われ、
幼い子供を泣く泣く預け、仕事で疲れて、本来したかった家事も出来ない、
となれば、これまた、自分も家族も幸福になれない。
結局、自分や、家族の気持ちに無理のない範囲で、
各自の希望が尊重されるのが、最も良いあり方ではないだろうか。
勿論、人は誰でも、自分ひとりで生きているのではないのだから、
妥協が必要な面もあるだろう。
家族がいるのなら、そのあたりの寛容さもあったほうがいいとは思う。
「男なのだから、・・・・・・するべき」
「女なのだから、・・・・・・するべき」
という規範的な考え方をやめるとともに、
自分の境遇と違う選択をしている他人に対して想像力を持つ、
というのが、良いのではないかと私は思っている。