前も書いたかもしれないが、私はテレビというものがかなり嫌いだ。
理由は簡単で、音がやかましい・展開がけたたましいからだ。
と、同時に、私は「ながら」が巧くないから、というのもある。
テレビがついていると、私はそれに捕らわれ、正対して見てしまい、
同時進行でほかのことをする、というのが出来ない。
好きだからテレビに夢中になっているのではなくて、とにかく、
鳴っている音を無視したり聞き流したりすることが出来ないのだ。
日記のUPがこの時間になったのだって、
実は、先ほどまで娘が同じ部屋でテレビを見ていたからだ。
きゃつはテレビが大好きだ。とても楽しそうだった。
一方、私はというと、この程度の駄文を書き散らす作業でさえ、
テレビの音があったら、もう駄目だった。
彼女の見ているテレビは私にはあまりにもうっとうしかったが、
狭い家なのでどこへ逃げることも叶わず、仕方がないから、
私は彼女の横に座って、パソコンを立ち上げ、ネットに接続して、
『テレビが嫌い』でググってみた。同志は居ないかと思ったのだ。
すると、世の中、結構いたのだ、テレビ嫌いという人種が。
嫌いの様態はさまざまで、内容がつまらないから、とか、
コマーシャルがくだらないから、とか書いてあったが、
私同様、基本的にテレビの音というものに耐えられない、
という人も、少なからず、いた。
そういうことを、彼らは自分のサイトのなかで、
日記やエッセイ風の文章にして記述しているのだが、
面白いことに、そういう彼らの配偶者は、揃ってテレビ好きなのだった。
テレビが嫌いな自分と、テレビを見たがる配偶者。
どうしてこういう組合わせが多いのだろう。
という話を、私は主人に、してみた。
この男もテレビ中毒だ。風景のひとつのようにテレビをつけている。
テレビが無いと、仕事も出来ないと言う。
朝、起きたらまず、テレビをつける。
私はテレビなんか嫌いだと言っているのに。
ネットで見てみたら、なんと同じような夫婦が結構いる、
なぜテレビ嫌い同志で結婚してないのか、と。
すると、彼は、言った。
「っていうかさ。俺がテレビを見ているときにこそ、
あんたは、自分が、テレビが嫌いだということを自覚するわけよ。
家族の誰もテレビなんかつけない暮らししてたら、
いつも静かで、自分、そんなにテレビがイヤだとか、気づかないじゃん」
ごもっとも。