新聞などでここ数日は,よく、靖国神社の話題を見かけたのだが、
私も実は、あそこに、些細な、個人的思い出がある。
かなり昔になるが、仕事絡みで靖国神社に行って、
行った以上はちゃんと参拝もしたのだが(^_^;、
あの神社は随分と変わった祭式で神事を行っていたという印象があるのだ。
具体的にどうだったのか、お前やってみろ、と言われたら全然できないが、
ど素人の私が目を留めたのだから、かなり特徴があった筈だ。
神社本庁が定めて明治神宮や日枝神社などが踏襲している祭式と較べると、
拝の仕方にしても祝詞奏上の調子にしても、靖国神社は独特だった気がする。
伊勢神宮や出雲大社ならば、その神社の歴史や性格から考えて、
独自のものを持っていることもなんら不思議でないと思うのだが、
靖国神社は随分と新しい神社なのに、なぜあれほど特異な存在になったのだろうか。
さて、その、私(と同僚たち)が参拝したとき、
宮司講話という有り難い(けど出来れば勘弁して頂きたい)企画があって、
申し訳ないことに、今となっては話のほとんどは忘れてしまったのだが、
ただひとつ覚えているのが、
「首相が参拝されようが、されまいが、終戦の日には私はここに居ません」
と宮司さん自らがはっきりと仰ったことだった。
よりによって、日本中が靖国神社に注目している8月15日に、
ここを留守にして、宮司さんご本人は何をなさるのかというと、
「私は、天皇陛下のご臨席になる、日本武道館の式典のほうに参ります」
とのことだった。な、なるほど……!恐るべき筋の通し方!!
あんまり納得してしまったので、私は今もこの話が忘れられない。
現在でも、靖国神社の宮司さんは、あのときと同じ方なのかしら(^^ゞ?
ところで、私には素朴な疑問がある。
全国にある護国神社は、その成り立ちや設立の目的から言って、
靖国神社とほぼ同じものだと思うのだが、
やはり政治家が参拝しようとする場合には、
「公人か、私人か」と厳しく問われるものなのだろうか。
護国神社を尊重するなどは戦争肯定に繋がる悪だということで、
七五三祭などにも、絶対に足を向けない決意をしている人は、
世の中にいるものなのかな。
ばりばり尊王論的見解は、くだんの宮司さんから直接伺ったので、
今度は首尾一貫した平和主義者(!)的見解も、どこかで聞けないかなっと。