卒業式と聞いて思い出したこと | 転妻よしこの道楽日記

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明日は娘の小学校の卒業式だ。
娘は3年生なので、登校はするが式には出ず、8時50分には下校だという。
「朝の会」が8時30分からだから、明日はたった20分のために登校する訳だ。
往復にかける時間のほうが遙かに長いな(^_^;。

ここまで来て私はハタと思い出した。
卒業式!
そういえば、親が私の卒業式に来たのは、小学校のときだけだった!
中学も高校も、私の親は来なかった!

母は病身だったし、父は超多忙だったから、
参観日も運動会もおよそうちの親は来たことがなく、
卒業式に来ないのもお約束みたいなものだった。
父は県立高校の教諭で、私の中学の卒業式の日は、
「ワシは授業がある」
と言い、高校の卒業式のときなど、
「悪いが、ワシも卒業式や」
と言った。確かにその通りなので可笑しかった。

更に思い出した。
高校の卒業式は、私が受験した某私立大学の合格発表の日に当たっていて、
合否電報が来る予定になっていたのだが、
ちょうど母が入院中で、電報が来る時間帯には家が無人になりそうで、
私は卒業式をさぼって家にいようかと、本気で思ったものだった。
しかし、なんぼなんでもそれはあんまりだと父が言い、
結局、人を頼んで留守番に来て貰い、
私は卒業式が終わった途端まわれ右で家に飛んで帰った。
電文は「ホケツ」。
チキショー、飛んで帰るほどのもんじゃなかったと悔やんだ。

共通一次(当時)を玉砕していた私にとって、
ホケツ大学は私立の第一志望だった。
浪人で一年家においとく気は無い、今年進学しないなら勤めに出て貰う、
と父がかねてから言っていたので、
受かった私立第二志望に行くか、ホケツに一縷の望みを託して待つか、
希望のキの字もない国立大学の試験日まで頑張るか、
私は悩み多き数日を過ごした。
という理由で布団に入って惰眠を貪っていた。

その無意味な昼寝の最中に見た夢は。
私は二人の男からプロポーズされていた。
ひとりは、言ってみればポゴレリチの若い頃みたいな美青年だったが、
どうもいまひとつ、私に対して熱意がなさそうだった。
もうひとりは、たのきんトリオ全員を足して5で割った程度の男だったが、
大変熱心に求愛してくれた。
さて、どちらの男と一緒になれば幸せになれるだろうか。

目が覚めて私は「阿呆ちゃうか」と我ながら思った。
次の日、私はホケツ大学のことは、すっぱり諦めることにした。