先週日曜日の15日にX(旧Twitter)上で急速に拡散された動画が話題となっています。


これは牧場が生まれて間もない仔馬に虐待以外の何ものでもない暴力を振るい、罵声を浴びせるといった非常にショッキングな内容でした。


※この顛末自体は検索して頂ければ沢山出てきますので、ここでは多く触れません。


翌月曜日には本格的に話題となり、業界内ひいては動物愛護の問題にまで拡大し広がっていきました。

これを受けて牧場は公式アカウントを削除する事態となったわけですが、多くの牧場が一緒にされては敵わないと批判的な意見を表明しています。


多くの同業者がそうであるように、動物に対する暴力は将来競争に立ち向かう競走馬への教育的な側面があったとしても全く擁護できるものではなく、当の人物に対しても相容れることはありません。

この仕事に関わる人ならどんなに思うようにいかなくても、馬に当たるという行動にはまずなりません。たとえどんなに疲れていたとしても。


それは当然の大前提としながらも、どうしてこの人物がここまで追い込まれ心の余裕を失ってしまったのか、ということについては、思いを馳せる気持ちが芽生えたのが事実です。


ちょっと長くなりますので、ご興味ある方のみ読んでみてください。




生産牧場というのは365日かける24時間とまでは言いませんが、1年のうち1日も欠くことなく馬の世話をし続けるという事業になります。


私も一応生産牧場の経営者として心がけているのですが、馬の事業はやりたくてやっているものですので、楽しくハッピーな気持ちで馬とそれに関わる人に接したいと思い、毎日を過ごしています。

これが楽しい気持ちでできなくなればこの事業をやる必要はありませんし、自分はその資格を失う時だと思っています。


可能な限り感情の波を平準化させ、毎日を過ごすようにしています。これは簡単なことではなく、強く意識しないとできないことだと思っています。

この仕事をする人というのは良い時は良いけど、ちょっと◯◯になると問題があるよね。という人には正直向いていないと思います。

極端な話、毎日60点でも70点でも良いので、安定した気持ちで生き物と向き合っていく方が向いているという仕事です。


毎日のことですから職場の雰囲気はとても大切です。

和を乱す人はいない方が良いですし、ベタベタに仲良しになる必要はなくても仕事の意見、馬についての見解は言い合える関係づくりは必要です。


少なくとも毎日来る日も来る日も馬と接していかなければいけませんので、それが個人であっても組織であってもそういう気持ちでいる必要があると思っています。

牧場にいる人と馬に対して間違っても憎悪を向けるようなことがないよう、常日頃から準備をしていくのが牧場の経営者です。


一方で話題の主である日高町の浜本牧場という牧場は、どうして生まれたばかりの馬に人間の感情をむき出しにして怒鳴ったり殴ったりしなければならなくなってしまったのでしょうか?

牧場がというよりもその人が、ですね。


その人だけが100%悪い、ということだけで結論付けてしまうと教訓がないですのであえて構造的な部分に触れていきます。

これは多分に推測を含みますが、大きな理由は人手不足です。


サラブレッドの業界は完全なアナログ事業であり、ほとんどの作業分野においてマンパワーで処理しています。

相手は生き物であり、かつ商品として仕上げれなければならない期限が決まっています。

牧場の成果物である生産馬は大部分が1歳夏に取引をされます。3歳春にダービーがあります。


これは家族経営の小牧場であってもノーザンファームであっても平等な時間枠です。

そのため、商品に毀損が発生すると取り返せる時間は限られていてちょっとしたミスが将来価値を大きく減耗させることになります。


デジタルコンテンツとは異なり、完全なアナログコンテンツのため限界コストが高く、仮に問題が見つかって改革を試みたとしても、それが作用するには長い時間がかかります。

人がいないなら雇えば良いじゃないか、上手く雇えないなら馬を減らせば良いじゃないか、と誰しもが思うはずです。

しかしながら、日々の管理体制を「維持したまま」これらに着手して成果に繋げるのは結構大変です。


人材についても同様で教育には長い時間を要する上にほとんどが力仕事のため、若い人材を投入し続けていかない限りは社歴が長くなればなるほど従業員は高齢化して知的財産は積み上がったとしても、現実的な作業生産性が低減するという構造になっています。


作業としては単純労働も多いため、従業員を固定化するためには給与や待遇以外の目に見えない、いわゆる居心地のような要素も多く含まれます。待遇は大切ですが、待遇だけの勝負をすれば規模の経済で分が悪くなっていきます。


一歩間違えれば従業員がどんどん抜けていき、経営陣が直接作業に従事するということになっていきます。人が抜けても馬が待ってくれないからです。

経営陣は当然のことながら自らが主たる人員として作業に従事するということは不本意に思っていることが多いため、人にも馬にも当たりが強くなってきます。

そして、それがもう誰にも止められないほど強く噴出してしまったのが、今回の動画の原因ではないかと考えるに至ります。

こうした牧場や人物とは決して相容れないとは思いながらも、どこかで他人事ではない危機感を感じるものがあります。全く擁護する余地はありませんが、労務集約的な仕事の宿命として将来的な対策には想像力を働かせる必要があります。


少子高齢化を持ち出すまでもなく、現在の日本は全産業的に人手不足です。とりわけサラブレッドの生産業界は(競馬業界はと言い換えても良いかもしれませんが)、将来的に人手不足がもっと顕著になることが目に見えています。

私も競馬が好きで生産まで始めてしまった人間ですが、ではどこまで自然な形で経営ができるだろうと冷静に考えることもあるわけです。


サラブレッドは人工授精が認められていませんし、仮にこの先AIとロボット技術が発展してきたとしても、置き換えられる作業というのが他の産業に比べると少ないはずです。

極論ですが、馬の世話をするのもロボット、騎手として馬に乗るのもロボットということにもしなれば、それはもはや馬そのものも有機体である必要はないかもしれません。これは極端な話ですが、今後もサラブレッドを生産するとして、では一体誰が作業を担っていくのだろうと考えることはあります。


その解決策の1つが外国人労働者です。

JRAはもちろん一部の地方競馬場もまだ外国人の厩務員は認めていませんが、生産業界ではすでに外国人労働者がいないと成り立たないという状況になっています。


これは決して後ろ向きなだけの話ではなく、日本でサラブレッド生産に携わりたいと労働ビザを取得する人材は日本人のそれよりも多くなっている現状があります。

彼らは若く力があり、そして日本競馬について、ひいては日本の社会について学ぶ気持ちがある人もいます。そういう気持ちのない人間もいますが、これも外国人に限った話ではないのではないでしょうか。


一見牧場も日本人だけで固めた方が綺麗に見えるかもしれませんし、洗練されているように見えるかもしれません。

ただ、実際問題は事業者の数に対して労働市場にいる日本人の数が圧倒的に足りませんし、生産牧場が日本人ばかりを雇用したとしたとしても、ビジネスエリートに果たしてなるのでしょうか。

少なくとも私自身は外国人の労働力に非常に助けられているという現状があります。彼らと雰囲気良く働きながら良い馬を作っていければ、それはそれで良いのではないかと思うことも多いわけです。


かつては、というよりつい何年か前までは日高地方も日本人が外国人労働者を一方的に使う、大げさに言えば奴隷のような感覚で雇っていた事業者もありました。

現在では外国人も情報を共有していて、どこの牧場ではどんな人物が経営をしていて、従業員に対してどんな扱いをしているかということをまだざっくりとしたものではありますが、データベース化していて少なくとも確実に評判というものは存在します。


つまり日本人が来ないなら外国人で良いか、という短絡的な発想はすでに時代遅れであり、外国人であっても有能な人材を雇用し自社にフィットさせる努力が求められてきているということになります。

ここを良く考えないとどんなに良い種を付けても満足な馬は出来にくくなっていくことでしょう。


数の論理を持ち出すまでもなくすでに労働力では担い手になっていますし、ましてや365日の仕事という観点で考えると、外国人労働者の扱いについては考え直すもしくは新しく考える時期に来ているのだと思います。

日本人でも外国人でも牧場の中に労働力がきちんと備わっていさえすれば、馬に対して人間がそこまで追い込まれて心の余裕を失うことはなかったのではないかと考えます。


そのための準備を怠ったというか、牧場を実務として手伝ってくれるスタッフの気持ちを考えられないということの積み重ねが生んだ悲劇ではないでしょうか。


日々勉強ですね。


第二第三のこうした事例が出ないように祈るとともに、馬づくりにまつわる人の大事さを考え続けていきたいと思います。