M氏のソロリサイタルから早くも2週間近くたちましたが、いまだに色々と感じ入ることがあり、とても新鮮な気持ちになると同時に、彼の音楽の深さに改めて尊敬の念を抱きます。

 

さて、M氏が弾いた曲の中に

シューベルトの即興曲 D899

がありました。

シューベルトが晩年に書いた、4つのかたまりとしての即興曲。

 

第一印象は、「重い」。この4つの即興曲は、1曲ずつ聴くとそうは感じないのですが、4つまとめて弾くと、一気に重みが増します。特に誰もが聴いたことのある2番などは、単曲で聴くとスケールがきらきらとしただけの曲のように感じますが、この4曲のまとまりの中に入ると、全く異なる存在感を見せるから不思議。

 

比較的簡単に弾けるとか、技術的にはそんなに難しくはないのでチェルニーぐらいの人でも弾けます、、とかそういう次元の音楽ではないような気がします。この4つの音楽に込められたメッセージの重さと深さたるや、弾く人を尻込みをさせるだけに十分なものだと思います。私は元々シューベルトが苦手なのですが、今回M氏のリハを数回見て、この曲が全て通して弾かれる時にどれほど凄みを増すのかを身をもって感じてからというもの、ますますシューベルトとの溝が深まってしまった気がします。要するに

「まだ私にはこの曲は弾けない。怖くて弾けない。あまりに重すぎる。」

と言う感じ。シューベルト先生が容易には近づかせてくれない、何か高い壁を感じてしまうのです。

自分の中の音楽が全て赤裸々に出てしまう音楽。何も隠せない。真っ裸。それがシューベルトだと思います。M氏のように音楽に対しての深い理解と洞察力があるような人が弾けば、それはそれは崇高な音楽になるのですが、今の私ではまだ無理です。。。おサルのピアノです。はあ。

 

 

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