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手振りを知る一族

先週、

まだ知り合って間もない友人と

会って別れたとき、

お互い見えなくなるまで手を振った。

いつも業務上会う程度だったので、

初めての手振りシーンに

ああこの人も「手振りを知る一族」か!と嬉しく思った。

どんなに親密でも、

欧米人の友人はこんなことしてくれない。

「じゃあねー(笑顔)、バアィ!(ガチャ)」で

ドアを目の前で閉められる。

この悲しさ、

何度経験したか。

本当にいつまでもつづいている交友関係をめぐると、

誰もが改札で、門前で、ドアごしに

見えなくなるまで手を振ってくれるひとだ。

これらの人を私は心で「手振りを知る一族」という。


自分のなかには、

どうしようもない日本性が

根付いているように思う。

これだけはゆずれない。

「客人の足音がきこえなくなるまで

鍵をしめてはならない」とは、

母から素直に学んだ唯一のことやもしれない。

ちなみに、

「手振りを知る一族」略して「手振り族」は、

「ヨセフを知る一族」から応用した個人的用語。

「ヨセフを知る一族; the race who knows joseph」は

言うまでもなく旧約聖書からの引用であるが、

より文学的俗世観でもって

モンゴメリーによって

『赤毛のアン』シリーズで用いられた温度のほうを私は支持。

選民意識というよりも、

なんちゅうか似た感性への同族意識。

幽霊っぽい文字

最近友達とチャットをするのだが、

その友達のフォントがどういうわけか、

幽霊っぽい文字なのが気になる。


なんていうの?

恐怖文字というか。


ここは幽霊文字とでも命名したい勢い。


ありがとう (ハアト)


なぞとあっても、

細めの行書体なので、

ハアトもフルフルしてて、

どうにもおどろおどろしい。


というのは言えずにいままでいる。


メッセージと、

文字化された言葉の温度差を

ひそかに楽しんでいる次第。


フォントひとつで感情も左右されるたあ、

文字も奥が深い。


文字の不思議については、

レタリングの巨匠、

花森安治が書いていた。


ああ、

探し出してのちほどここにおぼえがきしよう。

ちなみに、

年賀状の宛名書きの行書体の意味がわからない。

習字っぽくみせたところで、

所詮印刷なのである。


プリンタまかせでも、

先方のお名前ぐらいは手書きで

一生書きたい派。

金太郎、もしくはキムなる前掛け

かまわぬ屋

(手ぬぐいショップ@原宿、代官山、横浜)で、

金太郎の前掛けがあったので、

友達の赤ん坊に贈った。


住んでるのがアメリカなので、

金太郎の金というよりも、

韓国系名字を連想するひとのほうが

多いかもしれない。


街中で着けてると、

「オー!キムね!」という具合に

誰かがツッコんでくれるのではないか。

面白いじゃないか。


近頃、

赤ん坊向けの商品があると、

このムスメに贈りたくなるシマツ。


贈ったものを召した

ムスメの写真を見る喜びは

なにものにも変えがたい。

むむむ。


写真がトメ子(生まれる前から私が命名)


長女なのにトメってなぁ、
まずいだろうか?


本名はかわいらしい。念のため。


photo: M-HTMK



        photo:同上

保護者の許可を得て掲載

なにも語らないことによって語る




これ以上のメッセージはないだろうな。


ライバルをコケにしたアドは、

ズルさも感じるが、

遊びではアリだと思う。


バーガーキングPR側だって、

これがメインのアドではないし。


笑って許して。


「マクドよりバーガーキングのほうが

おいしいよ!」


「マクドドナルドだって、

こっそり変装して買いに来るんだからさ!」



個人的にそう思う。



ジャンキーは日本に帰ってきてから、

ほとんど食べない。


だって、

バーガーキングがないから。

あと、

握り飯自分で拵えたほうがおいしい。

お米が廉価に買える幸せを咀嚼。

しかし、

バーガーキングの

オニオンリングが恋しい。


ケチャップが、

自社じゃなくてハインツなのも

ポイントが高い。


モスのオニオンリングと、

ちょっと違うねん。


そんな少々恋しいバーガーキング、

今年の夏にも、

日本に再上陸するらしい。


リヴァンプとロッテが共同出資で、

社長は日本マクドナルド、

日本ウエンディーズ社長を経た、

笠眞一氏というからオモシロイ。


日本でも、

パンチの効いた広告が見れることを願う。

フェミニズム、おおいやだ

エージェンシーの

ポートフォリオ・パトロールをしていて

吐き気を催す。


マッキャンエリクソン ルーマニア作。





クリックしていただいても、

エコサイズにしたので、

コピーが解読できないかもしれない。


If only women spent less time cooking.


(女が台所に立つ時間が少なかったら。。。)


仮定法でこうかかれている。


するってえとなにか?

台所にたたなければ、

女性も政治に関与できると?

大統領になれると?


話が飛躍しすぎであるし、

なんだか取り違え満載な気がする。


女は長い時間を厨房で過ごす。

女に政治ごっこをする時間はない。

よって、
マウントラッシュモアに形作られるような

偉大な女の大統領はいない、ってこと?

歪んだ推論ではなかろうか。


台所に男より長くたつかどうかなんて、

実はどうでもいいことではないか。

男と女の関係性にとって、

本当に大事なのはそこではない。


にくたらしいのが、

このアドがアワードを受賞しているということである。

golden drum award。


広告の世界において、

人種よりも性のほうが

カンチガイ度の高いものが

まだまだお目に書かれる。


ともかく、

なんてキモチワルイ広告だろう。

おおいやだ、ラディカルフェミニズム。


否定もこれ主張なので、

パラドキシカルにフェミニズムを語るハメに

陥りそうなので、

これ以上は。。。ごにょごにょごにょ。


それに、

これだけ嫌悪をもちながらも、

ばっちり反応している私は、

広告制作者からすれば、

してやったりなわけであることも承知。


やられたよ、マッキャンエリクソン。

フェミニズムといえば、

高校時代、

ちょうどクリントンの不倫疑惑まっただなかで、

ヒラリーはどうするべきか、

みたいなことをショートエッセイで書いてきて、

ディスカッションすることがあった。


フェミニズム話や、

青春時代特有の潔癖症的悪口に

ディスカッションは進んでいた。


「感情的に離婚することは、

誰のメリットにもならない。

ヒラリーはここで

民主党内部と、夫に

貸しをつくっておいて、

着々と自身の大統領選に準備すべし。」

みたいなことを書いて、そのまま発言した。


「politically speaking...

(ってか政治的見解でいうとさあ :高校ノリ)」の

政治のセの字もわからんくせに、

エラソウな枕詞とともに、

上記のように、

フェミニズムディスカッションを

私はメチャメチャにした。

授業担任教師の

気難しいクレーマー先生(呼び名:ナット)が、

めずらしく面白がって褒めてくれたことを、

今思い出した。


でも、

褒め言葉が、

「先を見越した貸しにフォーカスしたのは

興味深い。

ある意味、末恐ろしい子だ、君は。」


みたいな、

おどろおどろしい賛辞であったのは、

少し困惑。


ナットの懸念は、

当たっていなかったことを願う、

純粋なうさぎの私である。

あ、うさぎは黒も灰色もいる。。。


高校のころから、

フェミニズムが時として生む(膿む)、

非生産性への嫌悪は変わっていないけれど。


それはそうと、

そんなヒラリーがいよいよ大統領になるかどうか、

来年いよいよ火蓋が切られる。

まずはニューハンプシャー予備選か。

というか、内部でもう既に戦いは始まっているか。


ヒラリーが大統領になることは、

対日政策を考えると、

日本にとっては、

なかなか厳しいかと思う。


でも、

「あのとき貸し作っといてよかったな、ヒラリー!」

求められてもいないのに、

言いたくてしかたがない私だ。


「私は家にいてクッキーを焼いているよりも、

自分の職業を全うすることを選んだ」的な発言で、

世の主婦を敵にまわしたこともあるが、

ヒラリーはラディカルフェミニストではないと思う。

ラディカルフェミニズムに利用されることはあっても。


ヒラリーは

ただ、実存主義の臭いを醸す、

女性なのだとおもう。


その生き方が、

ラディカルフェミニズムに一致することが

多々あるだけで。



広告の話だった。


なんでこんなに

ヒッシノパッチで文句をいうかというと、

この広告のパロディのオリジナルである、

サウスダコタにある岩壁、

マウントラッシュモアは、

私の高校時代の思い出が

少々詰まったサンクチュアリであるからだ。


この広告をみて、

高校時代の

フェミニズムへの怒りや、

友達との淡い思い出を

思い出した次第。


結局、

凶弾するかたちで、

フェミニズムを語ってしまった。

嗚呼ん。