NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」 第3回「熱狂はこうして作られた」 その4 | 岩崎公宏のブログ

NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」 第3回「熱狂はこうして作られた」 その4

鍵を握る事件というのは、敵情視察中の陸軍将校の中村震太郎大尉が中国軍に捕まって殺害された事件だ。

石橋恒喜氏(東京日日新聞)の「中村震太郎事件というのがありましたな。あれが虐殺されてから、満州の生命線を守れというように変わっていくんですよ」という音声テープが流れた。残虐性が強調されたセンセーショナルな記事が紙面に掲載されて、中国憎しの論調が読者の心をつかむ中で満州事変が起きた。

私が中村震太郎事件を知ったのは高校生のときに日本史の授業を受けたときだった。番組では事件の詳細に触れられていなかったので少し説明を付け加えたい。

軍隊で利用するための地誌の作成を命じられた中村震太郎大尉は、部下3名と旅行者を装って条約で立入が禁止されていた大興安嶺に入った。調査をしているときに張学良の配下の部隊に拘束された。立入を認めるパスポートを持っていたにもかかわらず、農業技師と身分を偽っていたことや所持品などから軍事スパイと判断されて1931年(昭和6年)6月27日に銃殺された。

関東軍はこの事実をすぐに公表することなく、ハルピン特務機関から調査員を出した。この事件を満蒙問題解決の好機と捉えた関東軍は独自に処理しようとしたが、東京での陸軍省と外務省との協議によって外交問題で処理することになった。奉天の総領事らが中国側と交渉したが、中国側が事件を即座に認めることがなかったことから、8月17日に関東軍は事件を公表した。本宮ひろ志の「国が燃える」(集英社)の第5巻では、石原莞爾らが世論を味方にするためにこの時期に公表したという描き方をしていた。事実か創作か真偽は不明だ。この事件を日本の新聞が上記のように煽情的な報道をおこなったので日本人の中国観が悪化した。

中村震太郎事件と同時期の1931年(昭和6年)7月2日に万宝山事件というのが起きた。高校生のときに日本史の授業で2つの事件を一緒に習った記憶がある。長春の北にある万宝山で用水路を巡る利害関係で中国人農民が朝鮮人農民を襲撃した事件だ。これによって朝鮮半島で中国人に対する排斥の暴動が発生した。満州事変の前に中国人に対する反発を引き起こす要因になった事件として2つの事件はよく挙げられる。

番組では中村震太郎事件だけを取り上げて、万宝山事件には触れていなかった。万宝山事件のウィキペディアの記述を読むと、中国語版と朝鮮語版には日本語版とは内容に相違があることが記されている。日本語版では現地の農民たちによる偶発的な衝突とされているのに対して、中国語版や朝鮮語版には日本が満州を侵略するために画策した謀略であると書かれているようだ。事件に対する見方の相違があるデリケートな面を回避したかったことが、番組で触れなかった原因かもしれないと私は勝手に推測した。

日本の新聞各社が満州事変の拡大を支持するなかで、大手新聞社のなかで朝日新聞だけは慎重論を唱えた。1931年(昭和6年)9月20日の社説で「早く外交交渉に移して、地方問題として処理する」という主張をしていた。しかし各地で朝日新聞の不買運動が発生して、社内でも軍部支持やむなしの声が出て社論を転換していった。

こうした状況で当時はリベラルな姿勢で知られ、言論界の重鎮であった朝日新聞編集局長の緒方竹虎自身が軍幹部と接触をはかっていたことを示す証言テープが発見された。

陸軍参謀本部作戦課長の地位にあった今村均の証言テープだ。「緒方さんに呼びつけられましてね、ある料理屋でしたけど「率直に陸軍の考えを言ってくれ」って言われて述べたことがあるんです。それまで朝日新聞は公然と反対でしたから・・」という音声が流れた。

画面はアニメにかわってその場面が再現された。今村は緒方のもとを訪ねた。「率直に陸軍の考えを言ってくれ」という緒方に対して、今村は陸軍内部の実情を打ち明けた。「実際、今度の場合は我々が無力で、中央の統制を関東軍に押し付けることができなかった。しかし現地に行って、在留邦人が圧迫されて非常に悲惨な状況を見て来ると、石原や板垣がああいうことをやったのも、人間としてやむを得ない。なんとか遅ればせながら、世論が満州事変を支持していただきたい」という内容だった。

今村均の音声テープの録音が流れた。「長いことかかりました。4時間くらいかかりました。これは本気になって訴えましたね。そのときに緒方さんが「そうですか、初めてよくわかった」と言いましてね、それからコロっと変わりました、朝日が・・」と語っていた。朝日新聞の報道方針の転換については去年の9月にNHKスペシャル「玉砕 隠された真実」を取り上げたときにも論じている。今村と緒方の会見だけではなくいろいろな方面からの圧力があったということだ。



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