中央線に乗って。その3 | Ray's Revolution

Ray's Revolution

過激な動きよりは、静かに少しづつ進行するような革命的な動きに着目して、好きな洋楽や、たまに自演する音楽に乗せて、つらつらと…。よろしくお願いします。RAY

1982年6月26日晴れ。

確か午前9時半頃じゃなかったかと思うんだけど・・・

ボクは当時の自宅から立川駅まで15分歩いて、

中央線に乗って・・・

お隣の国立駅まで向かった。

駅のホームで、連絡先も名前も知らない女の子と、
その1週間前に待ち合わせしてたからね。

大学四年生だったボクは・・・

その少し前から、都内で開催されてた、
期間限定の、ある職種の養成講座に毎週通い始めてて、

前週の講座の帰り道に、
中央線車内で、同じように受講してた、
隣駅に住む女の子とたまたま乗り合わせた。

「じゃあ、来週は一緒に行こう」
・・・って軽く約束してたんだね。

何の下心もなかったからさ(ホントか?・・・笑)

電話番号も、名前も聞いてなくて、

もちろんケータイなんかあるわけないし。

第一、約束したその時には、

まさか緊急で、その子と連絡を取る必要が生じるなんて、
思いも寄らなかったからね。

親父が逝っちまうなんて・・・、ね。

"Hard To Say I'm Sorry "
Chicago (1982)



で、約束通り、国立駅のホームで待ってた彼女に、

「実は夕べ、親父が死んじゃってさぁ・・・」

・・・って、ボクが告げた時の彼女の困惑した表情は、

今でも、忘れない。

そりゃあ、そうだよね。

たまたま1週間前に、初めてちょっと話しただけの、
たまたま近くの駅に住んでるっていうだけの、

まだ友達にすら、なってないような男の子から、

いきなり「親父が死んじゃってさぁ」なんて言われて・・・

いったい、どう反応したらいい?

ま、とにかく・・・

ちゃんと一緒に行けなくなった事情を伝えられたボクは、

彼女を見送った後、反対側のホームから、
立川駅まで、また戻ったわけだね。

たった一駅だけ・・・

中央線に乗って。

一段落ついてから、

その養成講座に通い続けたんだか、やめちゃったんだか・・・

女の子と行き帰りの中央線で話をするようになったのか、ならなかったのか・・・

不思議なことに、うまく思い出せないんだよなぁ。