こんにちは。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
2日間開催しました、「死別シングルさん限定 年末お話し会」
終了しました〜。
ご参加いただいた皆様、こうしてご縁があってつながっていただき、本当にありがとうございます。
お辛い中、ここに辿り着き、クリックしてみよう、参加してみよう、と思ってくださったことに感謝です。
1月は、個別セッションを再開します。詳細は後日お知らせします☺️
今日は、夫を亡くして初めて、一人で電車に乗った時のことを書きます。
死別後2、3ヶ月頃だったかと記憶しています。
電車の中、私はぼんやりと窓の外を見ながら、夫のことばかり考えていました。
「こんなに普通の風景が流れているのに、どうして彼はもうここにいないのだろう?」
と、溢れそうな涙をこらえていました。
ふと、周りを見渡しました。誰もがそれぞれの時間を過ごしています。スマホを見ている人、本を読んでいる人、目を閉じている人…。そのどれもが日常の風景に見えました。
でも、思ったのです。
この中で誰が「つい先日、大切な人を失った人」だなんて、見た目でわかるはずがない。
もしかしたら、隣に座っているこの人も、同じように大切な人を亡くしているかもしれない。
あるいは、見た目にはわからない病気を抱えているかもしれない。
余命宣告を受けたばかりの人だっているかもしれない。
誰もが普通を装いながら、
実は何かを背負って生きているのではないか
と。
私だけが特別に辛いわけではないのだ
とそのとき初めて気づきました。
確かに、私の心は砕け散っている。悲しみは深くて言葉にならない。
でも、それは私だけではなく、この電車に乗っている誰かも、違う形で同じように悲しみや困難を抱えているのかもしれない。
辛いのは自分だけじゃない。
そして、みんなこうして生きている
傷ついて、砕け散って、それでも足を動かし、生きる。
それだけで、どれだけすごいことなのだろう。
電車が駅に着き、降りる頃には、悲しみが消えたわけではありません。でも、「私も生きるしかない」と思えました。どんなに辛くても、みんな生きている。そして、私もそのひとりなんだと。
人様の背景はわからない
楽しいだけの人生なんてない
悲しいだけの人生もない
みんな、きっと、そう。
色々思いを巡らして、結局たどり着く答えは
今を生きるのみ
ということです。