レルミナを終了して約40日くらいで月経が再開しました。
再診のときに先生から「最初の月経は経血が多いかも」と言われていた通りやっぱり多かったように思います。
痛みは...なんか妙に筋腫があった付近が痛かった気が。
切ったところが痛いのか気のせいなのかは分からないけれども。
月経期間中はいつもユニクロのヒートテック腹巻き的なショートパンツを履いてるんですけど、レルミナ服用中は当然使ってなくてめっちゃ久々に履きました。
服用したのは4ヶ月だから、月経がなかったのもたった4ヶ月なのに懐かしさすら感じた。
見た目はガードルっぽいですけど全然締め付けはないですよ。
ピタッとしすぎないのにずり落ちないのでこれ以外は使える気がしない。
よくこの上にカイロを貼って痛みを我慢してました。
真夏でも。
周りにそんなことしてる人なんていたのかな...。
比較できなければ自分が異常だと思わないところに婦人科疾患(特に良性)の難しさがあるんでしょうね。
そもそも経血量が測れないのがなぁ。
一応20〜140mlが正常で、2〜3時間に一回の交換で済むくらい。
140ml以上は過多月経。20ml以下は過小月経。(ググって引用)
...いや、分からん。
2〜3時間に一回って言っても仕事によっては長時間トイレに行けないとか、多い日にまとまって出てあとはほとんど出ないとか人によってバラバラだと思うから、枚数や時間は目安にならん。
痛みだって痛みに弱い人と強い人がいて、薬が嫌いで飲まない人もいれば私みたいに抵抗なくガンガン飲む人もいるだろうし...。
月経って「病気じゃない」のはそうなんですけど、その言葉が正しく使われずに間違った認識、ズレた捉え方=呪いになっているような気がします。
病気じゃなくても痛いもんは痛いじゃん。
お腹が痛かったら辛いじゃん。
なんでそれを「女なら我慢して当然」と言われなければならないのか、初経を迎えた小学生の頃からずーっと疑問でした。
痛い時に無理に動いたっていつも通りにはできない。
なのに当然のように【いつも通り】を要求してくる学校の先生や養護教諭が大嫌いだったし、母のことは好きだけど痛いと訴えても休ませてくれないところは嫌いでした。
「同じ女なのになんで辛さを分かってくれないの!?」って怒りたかったけど、大人に向かって怒れるタイプの子供ではなかった。
学校の先生も母も「月経痛で辛くてもいつも通り」を「女の嗜み」なんて言葉で飾って、美学として洗脳されたんでしょう。
そしてその美学を疑うことなく私の世代にも教え込んだ。
これが時代のせいなのか、地域性なのかは微妙なところです。
価値観の変化が怖いっていう人は一定数いますよね。
今まで信じていたものがひっくり返されてしまったら、今までの自分は何だったんだという自己の否定に繋がるのかもしれない。
特に辛かったことだと余計に。
我慢の美学を教えた教師や母にもそういう面があったのかなぁ。
私には少なからずあった。
この一連の治療中に「今までの我慢は、レルミナに耐えた日々はなんだったの」って感じたから分かる。
でも受け入れて進む決意=開腹手術の傷跡だといつか自信を持って言えるようになりたいです。
ちょっと話が逸れますが余談。
地元でかかりつけにしていた病院は町のお医者さん的な、家族代々で継いでる総合診療の医院があったんですよ。
で、私が中学生くらいの頃だったかな?
何かで診てもらったときに頭痛の話になって、先生が「あー頭痛ねー。僕も頭痛持ちだから分かるよー。僕は学生の頃に頭が痛くなったらとっとと帰ってたよ。いても意味ないし」って仰ったのを今でも覚えています。
その医院を継ぐであろう(比較的)若い先生だったんですけど、その合理的な考え方がすごくいいなと中学生の自分に刺さったんですよね。
【体調が悪くても無理やり出席・出勤する=根性がある】【皆勤賞=美徳】って変じゃない?ってうっすら思ってたんですけど、あの時の先生の言葉が後押しになった気がする。
あれから20年ちょいか〜。
もう全然お会いしてないし先生はそんなこと忘れてるでしょうけど、ド田舎で子供で自分の力ではどこにも行けないという閉塞感の中、先生の言葉がとても優しく響いたことはこれからも忘れないと思う。

