退院後はしばらく自転車に乗れないので、こまめにスーパーに行って食材を買っていました。
一気に買いたいところだけど重くなっちゃいますからね。
リハビリにもなるし一石二鳥です。
食事は消化に悪いものを多用しないメニューにしていました。
鶏むね、豚もも、鮭、大根、人参、納豆、卵、うどんをよく使ってたかな。
脂質と繊維質すぎるもの(ごぼうとか)は控えて、味付けも薄味で。
そして、やることがないからマメに掃除してました。
部屋にホコリが厚く積もるところがないくらいに。
花粉症ではないけどホコリには弱いのでマスクをして、床、窓、ベランダ、冷蔵庫の中まで毎日せっせと掃除してました。
私は基本的に家事するの好きなんですよ。
料理も洗濯も掃除も全部好き。
この時ばかりはこの性格でよかったなとしみじみ思いました。
そういえば...
当然くしゃみするとめちゃくちゃ痛いんですけど、やっぱり花粉症の人ってこの時期はオペ控えたりするのかなぁ。
腹腔鏡ならまだしも開腹だと相当辛いと思うんですよ。
花粉症ってアレグラ飲んだからって完全に抑えられるわけではない...んですよね?
薬ひとつで解決するならこんなに花粉症で困る人はいないでしょうし。
あとは時期的に季節の変わり目で天気が不安定で、低気圧頭痛がほんっとにヤバかったです。ほんとに。
退院日から再診日までの気圧を頭痛ーるで確認したんですけど、気圧が安定してたの2日くらいしかなかった...。
ほぼ毎日【注意】とか【警戒】ばっかりで毎日毎日頭が割れそうだったし、「なんで?この時期って毎年こうだっけ⁉︎」って空に向かってキレてましたもん。
五苓散はもちろん、ストレッチしたり耳をマッサージしたりと出来ることはなんでもやったけど、ダメなときは何やっても本当にダメですよね。
そういう時はもう保冷剤で頭を冷やしておとなしくしてました。
そして3週間後の再診日。
例のごとく傷口チェックと経直腸エコーで内診をしました。
今回は画面が見えたのでガン見。
明らかに内膜が厚くなっていて、あと数日前にあった帯下が排卵日後のそれだったのでそろそろ月経が再開するのが分かりました。
レルミナを飲むのを中断して40日くらいで月経が再開するそうですが、服薬終了から再開した日までを数えたらまんまその通りで、つくづく薬理ってスゴイと妙に感心しました。
面談では病理の診断報告書の結果と、オペの時に撮影した組織の写真を見せてもらいました。(病理標本ではなく)
オペで取ったものはアトラスで見たまま、白くてモコモコした形をしていてました。
あれに割を入れると割面が唐草模様になるんだよな〜と納得。
確率が低いのは頭では分かっていましたが、ちゃんとsarcomaじゃないことが確定してホッとしたのを覚えています。
myomaかsarcomaかは術前にあまり分からないと言われているので。
とはいえ画像である程度は見当をつけていらっしゃったのか、先生からsarcomaだった時の話(その場合は広範囲切除になることの話)は一度もなかったです。
これが他人だったら「そうそう滅多にない」って思えるんですけど、その低い確率のくじが自分に当たれば確率も何もない。
希少癌とはいえ当たった瞬間もう100%ですし。
子宮全摘はもちろん卵巣摘出、リンパ節郭清、予後が悪いことも頭に入っているわけで...。
患者の自分と医療者の自分では感じ方に乖離があって、その乖離があまりにも自分本位いうか...自分が直面してやっとその不安が分かるっていうのがもう本っっ当に私って都合がいいなと...。
未熟さに反省するばかりです。
頸部細胞診も中層、表層細胞が見られるだけで特に所見はありませんでした。
「マジで書くことが何もなかったんだな」と思うほどの短文。笑
性交渉経験がないので当然っちゃ当然ですが、Koilocytosisやneut増加とかなくてよかったです。特に前者ね。
組織も細胞診も自分で見たかったな〜と先生に言うと、「まあ所見これだけだしね〜」と言われて「確かにそりゃそうだ」と。
アトラスに載ってるままの典型的な像だったのは想像に難くない。
先生にあらためてお礼と、「本当にいい勉強になりました」と伝えました。
発覚からこの日まで約半年。
投薬も入院も退院後も本当に学ぶことが多かった。
患者になるまで分からなかったことが山ほどありました。
それは患者側の気持ちだけでなく、先生や看護師さんの仕事だったり
少ししか接してないけど麻酔医の先生と薬剤師さんと検査技師さん、会うことはなかった管理栄養士さんと調理師さんの役割と重責を新たな視点で見つめられた気がします。
医療従事者としてこれ以上の勉強はないと思う。
...いや、やっぱ嘘。剖検には及ばないです。