小学生の頃、自分がいま月経期間中であることを知られるのは抵抗がありました。

ナプキンの個包装って今でこそ不織布(たまに紙製)になってますが、当時はビニール製のものが多かったんですよね。

だから開ける時のバリバリバリ!って音がめっちゃ響くし、どれだけゆっくり剥がしても音がするし、水を流す音でごまかしてもごまかしきれない。

 

なのでその日に持っていくナプキンは事前に一度開けて(両サイドのプレスされた部分を剥がして)、また畳んでテープで止めておくなんてこともしてました。

もちろん衛生的によくないけど小学生なりに知恵を絞ってた。

あとトイレ行くのにポーチを手にしている時点で気づかれると思ってたので、気づかれないようランドセルの中で握ってサッとポケットに入れてトイレに行ってました。

それくらい気にしちゃうんですよね。

性教育は男女同じ教室だったけどハンドブックは女子のみが集められて配られたので、やっぱりどこか「隠さなきゃいけない」って気持ちだったんだと思います。

 

 

で、本題。

ちょっと前に話題になっていた【ナプキンをトイレに設置すべきか否か問題】

結論から言うと私は賛成です。

 

 

考え方のベースとしてはまず公衆衛生の観点です。

私は医療者だから感染性で言えば血液がぶっちぎりで危険だと知ってるので、例えば尿と血液のどちらかを素手で触らなきゃいけないってなったら迷わず尿を選びます。

まあそんな場面ないんですけどね。

例えばの話です。

 

静脈血と経血の感染性を比較すればそりゃ経血の方は感染リスクは低いんですが、それでも血液は血液。

突発的な月経や不正出血があってコンビニにナプキンを買いに行くその間も、トイレットペーパーで凌ぐのではなく普通にナプキンで対処した方が良くないですか。

どう考えても置いた方が公衆衛生的に安全ですよ。

血液で汚染されて困るのは女性だけじゃなく男性もです。

極論ですけど電車の椅子とか万人が座るし。

 

 

それに、(男女問わず)反対する人は働く女性に対しての解像度が低すぎるなと感じました。

自分のタイミングでトイレに行ける人(業種)なんて一部で、一分一秒が惜しいような仕事をしてる女性なんていっぱいいるんですよね。

医療の現場もそうだし、学校教諭や保育士さん、接客業や営業や屋外で仕事する人なんかもそうなんじゃないかな。

「今だったら行ける!」っていうタイミングでトイレに行けて、そこで突発的な月経や不正出血に気づいた時の絶望感を想像してみてくださいよ。

その日の服装によっては一瞬で血の気が引くし、医療従事者なんて白衣(もしくは下だけ白)だからヒヤヒヤどころじゃない。

 

トイレに行く→月経に気づく→コンビニに行く→またトイレに行く→やっとナプキンで処置、だったのが

トイレに行く→月経に気づく→置いてあるナプキンでとりあえず処置(そのあと休憩時間等のタイミングでコンビニへ)、になるんです。

営業とか渉外なら時には商業施設のトイレを使うこともあるでしょう。

女性トイレって混みがちなのにまた並ぶ時間ありますかね。

 

 

ナプキンは紛うことなき生活必需品です。

トイレットペーパーと同じ、尊厳と公衆衛生において必要なものです。

外出先のトイレでトイレットペーパーが常にセッティングされている環境を享受しているのに、なぜナプキンだけこうも反対意見が上がるのでしょうか。

 

外出先でトイレットペーパーが切れていた時に「持ってこなかった自分が悪い」「大人だからコンビニに行け」「大人なら持ち歩くべき」「持ち歩くのが大人の嗜み」って思うのかな。

店員さんに「切れてるんですけど...」って言うか、設置されてるトイレに行くんじゃない?

 

 

反対する男性は「女性だけずるい」という(幼稚な)気持ちで反対する人もいるようですが、女性が「常に持ち歩くのが女の嗜み」と言って反対するのは、以前の記事で書いた通り我慢の美学を次世代にも継がせる残酷さを感じます。

あと「自分はこうだったんだからお前も不便さを受け入れろ」っていう発想は単純に意地悪だと思う。

 

ナプキン代だけで生涯40万円かかると言われています。

それに加えて鎮痛剤や専用ショーツを用意するだけでも支出は増える。

更にピルを処方してもらったり、カイロを買えばもっとかかる。

健康で不摂生したわけでもない。ただ女性というだけで。

 

ナプキンが一枚30円くらい。

使うのはあくまで突発時の最初の1枚だけだとして、女性一人・ひと月30円の補助すらケチる社会って冷静に考えると怖いしグロくないですか。

そして公衆衛生において女性の良心を信じすぎでは、とも思う。

 

 

子供の頃の話にちょっと戻りまして...

学校で突然月経が来て、ナプキンを持っていなければ保健室でもらうことになっていました。

だけど前述の通りナプキンを開ける音ですら気になる年頃ですよ。

ほとんど関わりのない養護教諭に言うのって結構ハードルが高いと思うんです。

少なくとも私はそうだった。

(小学生の頃の養護教諭が若干冷たくて無愛想な人だったというのもあるけど)

保健室に行く時間がなければ1時間ずっと不安なまま授業を受けることになる。

 

でもトイレに置いてさえあればわざわざ保健室に行かなくてもいい。

一度教室に戻り、気を遣いながらカバンから取り出してまたトイレに走らなくてもいい。

その場で、誰にも知られずに、ひとりでサッと対処できる環境であることがどれだけ心を軽くするか。

初経を迎えて月経が来るたびに気を揉んでいたあの頃、もしトイレに置いてあったらと思わずにはいられません。

 

中学生にもなれば「誰か持ってないー?😭」って言えるし助け合ってはいましたね。

そこに先輩も後輩も好きも嫌いもなくて、ただ同じ女として不安な気持ちが分かるから手を差し伸べるあの感覚。

シスターフッドが培われたのは間違いない。

 

 

「衛生面や費用や管理はどうすんだ!」という茶々が入ることもありますが、それは設置する発想があってこそ出た前向きな茶々だと思っています。

確かにナプキンの個包装は完全密封ではないけど、そもそも設置するという発想がなかったからあの包装だったわけですよね。

芯がないトイレットペーパーや、3倍巻きとか取り替え頻度が少なくて済むようなトイレットペーパーが作られたように、設置するナプキンの包装を考えて変える必要がある。

その問題をクリアしたOiTrというやり方もある。

 

 

 

茶々を入れるだけなら誰にでもできる。

女性服のポケット問題然り、何かを変えようとすると無関係な人達が中傷する風潮こそ一番の問題だと思います。

 

私も負の連鎖を断ち切りたい。

今の価値観を疑って、不便な環境や洗脳や飾り立てた言い回しも全部断ち切って、今の子供達がネガティブにならずに生きられるようにしたいと思う。

だから医療従事者として、大人として設置に賛成です。