今回のブログ(特に前半)は備忘録というより脱線した話ばっか書いてます。
参考にはならないので前半は飛ばしてもいいです。
今日の目標:安静度に制限なし、できるだけ歩行
2泊3日で来てくれてた両親が午後の新幹線で帰る予定だったので、面会は短め。
本当は母だけ残ってしばらく私のアパートに滞在&面会に来ようかなって話をしていたんですが、やっぱり帰るとのこと。
理由は濁されたけどたぶん父を一人にするのが心配なんだろうなと思った。
別に父のことは嫌いじゃないんですけど(むしろ好き)、
時代のせいか地域のせいか【縦のものを横にもしない】っていう人なんですよね。
祖父が「男子厨房に立つべからず」を地で行く人だったから。
末っ子の私が(あえて空気を読まずに)「今時そういうの古いよ!」ってギャンギャン文句をつけてたので70%くらいには薄まったと思う。
でもたぶんお米の炊き方も分からないんじゃないかな...。
お腹切って苦しんでる私より父を取るのかーと内心ちょっと呆れたんですが、もう高齢に片足つっこんでるから仕方ないような気もしました。
まあ元々はひとりで入院してひとりで退院するつもりだったから別にいいんだけれども。
ただ、術後のままならない状態だし
メンタルはヨワヨワボロボロに加えてイライラもあったので
「ぜっっっっったいに地元の人間と結婚なんかしない!」と再度心に刻みました。
私がなんで地元から離れて関西にいるのかって言うと、地元にいたら四方八方から結婚話を持ちかけられることに辟易したからです。
地元の友達はほとんど結婚してるのに、アラサー未婚となれば「さぞ困ってるだろう」と思われて世話を焼こうとする人が年齢問わずワラワラと現れて。
好意を持たれた人からはなぜか相手の地元に連れて行く前提で話をしてくるし...。
誰も私の意見や気持ちなんて聞かなかった。
聞こうともしなかった。
「良い事した」って手柄を立てればそれで良いんだろうなと思った。
流されて丸め込まれるくらいならもう一生独身でもいいやって思って関西に逃げてきました。
逃げたって言っても親と縁を切ったわけじゃないし帰省もするんですけどね。
そもそも結婚って「結婚したい人がいるからするもの」だと思ってるんです。今でも。
浮世離れ、夢物語、妄想空想乙と思われるかもしれないし、
ミドサーで何カマトトぶってんねんと言われるかもしれないけど私未経験だし。
そりゃ子供が欲しいなら多少は焦ったり急いだりする必要はあるけど
好きでもなんでもない人と暮らして子供を作る気にはなれない。
それなら独身でいいし、子供を作らなかったことを後悔もしない。
子供を産んで育児に耐えられなくなって後悔する方が怖い。
それだったら何で子宮温存したんだよって突っ込まれるかもしれませんが、まだミドサーで潔く全摘の決断はできないっすよ。
取ったら可能性ゼロだもん。
これからもし結婚して妊娠したとしても高齢出産になるし、そもそも妊娠できないかもしれない。
それでも可能性をゼロにする勇気はなかった。
子宮全摘しないと命に関わるとかなら話は別ですがそうじゃないし...。
わがままとかではなく正当な選択肢の中のひとつを選んだだけでしかない。
まあ子宮全摘より核出の方が出血量が増えて全身管理とか大変になるし、シンプルに先生が大変なんですよね。
輸血もリスクがゼロってわけじゃない中、自己血で済むよう手を尽くしてくださって先生には本当に感謝しています。
もしなんやかんや言ってくる人がいたらその人は相当デリカシーという理性が欠如した人だと思うのでそっとしておきましょう。
私は正論をぶっ放す人より、正論をぐっと飲み込んで「そうなんだ」で済ませてくれる人の方が大事だしすごいと思う。
正論は誰にでも言えますからね。
閑話休題(後半)
産科病棟は他の病棟と違ってセキュリティがガッチリしています。
詳しくは書きませんが、ふら〜っと入れるようにはできてないというか。
なんてったって一番弱い存在がいるからね。
なので歩行は産科病棟の廊下をぐるぐる歩いていました。
人目を気にしなくて良かったので気楽だったな。
そしてリハビリがてら院内のコンビニにも行きました。
合計歩数は1200歩くらい。
点滴を抜去して残るはドレーンと硬膜外麻酔のみになりました。
病室はカラカラに乾燥していて、術後から声がカッサカサでした。
挿管したからってのもありますが断然乾燥の方が大きい。
痰が絡んでうまく発声できないんです。
かといって腹圧をかければ激痛で、息を「はっ!はっ!」と繰り返して痰を切ろうとしますがこれがすっごい疲れる。
切れるときはラッキー。切れなかったらぐったり。
開き直ってほとんどカッサカサの声のまま過ごしていました。
先生に言ったら去痰薬(ムコダイン)を出してくだいました。
ムコダインを飲んだら急に切れやすくなって感動。
人類の叡智の勝利です。
加湿グッズを持って行かなかったのはうっかりじゃないです。
超音波式の加湿器は内部が綺麗じゃないとカビやレジオネラや緑膿菌(あとカルシウム)を撒き散らすことになるし、かといって持ち運べるサイズのスチーム式加湿器なんてない。
電気がいらない加湿器としてじゃばらの紙?不織布?に水を吸わせて置いとくやつも「あんな大きさで十分な加湿できるわけなくない?」って感じだし、それならタオル干しておいたほうがマシでは?と思って。
ただ、病室に濡れたタオルを干せるような場所はなかった。
ベッドの手すりにS字フックを下げて引っ掛けようかと思ったけど、そしたらベッドが濡れる→カビちゃうし。
医療従事者だからこそ積極的に加湿する気にはなれませんでした。
喉の乾燥対策にはマスクをするか水を飲むしかないかなー。
夕方にオペを終えた先生が来て、傷口チェックのあとにドレーンと背中の硬膜外麻酔の管が抜かれました。
クリニカルパスでは抜去は次の日の予定だったんですが、頻繁に押して麻酔を使ってたんでこの日にはほぼなくなってたんですよね。
ドレーンの廃液も問題ないし、1日早いけど抜去となりました。
ドレーンの傷口はキュッと寄せてテープを貼られました。
「癒合の具合が良くなかったらちょっと縫うかもね〜」と言われて「ヒィ😭」と言った覚えがあります。笑
これで体を繋ぐ管は全部なくなったし、シャワー解禁!
「不安なら頭だけでも看護師がやりますよ。美容室のシャンプー台みたいにできますし」と看護師さんに言われたのですが、シャワー室にはイスが置いてあるのを思いだして「座ってなら大丈夫だと思うので浴びます!」と宣言。
「シャワー室の中にも呼び出しのボタンありますから、気分悪くなったら遠慮なく押してくださいね」と送り出されてシャワー室へ向かいました。
清拭はしてもらってたけどやっぱり爽快感がレベチ。
オペ当日と翌日の丸二日間髪を洗えなかったので、頭皮がべたべたで2回シャンプーしました。
そのせいでシャンプーの残量を気にするはめになったので、シャンプー類は余裕を持った量を持って行くのをおすすめします。
こだわりがないなら院内で買ったりして済ませられますが、合わないと痒くなるって人は特にね。
全身を洗って、髪も乾かす前にアウトバストリートメントをしてツヤツヤ。
顔も保湿できてやっと「いつもの自分の姿」を取り戻せました。
しかし久々に体がホッカホカになったので若干のぼせました。
検温と血圧測定に来た看護師さんにそれを伝えると保冷剤を持ってきてくださいました。
忙しいのにいつも優しいしテキパキしてるし、本当に本当に尊敬です。
日に日に、というほど日は経っていませんが確実に痛みは弱まっていきました。
動くともちろん痛いし、一度痛くなったらしばらくズキズキ痛む。
でもじきにおさまってくる。
術後すぐのあの痛みに比べればなんてことない。
お腹を切って縫い合わせて翌日には歩く、翌々日にはわりと大丈夫になるっていうのが可笑しかったです。
人体すごいな。バグだとしか思えない。
とはいえ体の中は大パニックですよね。
細胞たちが大忙しで修復してるので微熱は続いていました。
赤血球、白血球、リンパ球、血小板や凝固因子その他諸々からすると
「うわーーなにごとやーー!お腹の皮膚と筋肉と子宮が急に切られて出血して縫われてズタボロやんけー!何しとんねんこの体の主は〜!」って気分だろうな...。
私が細胞ならブチ切れながら仕事してると思った。
生まれてきて一番の大仕事、繁忙期。