全国紙に掲載が予定されていたが、岩手・宮城内陸地震により掲載されなかった秋葉原無差別殺傷事件に対する宮台真司・首都大学東京教授(49)のコメントがMIYADAI.com Blogに載せられている。..........≪続きを読む≫
http://ameblo.jp/rayna11/entry-10101737584.html
↑TBSアナの死と江東区殺害を論じて、秋葉連続殺人を論じないわけにはいかないでしょう(^_^;)
忙しくてあんまりゆっくり書く時間が無かったので遅れましたが、、、、、
以前の日記に書いたように、簡単に人を殺すというのは基本倫理の崩壊が基礎にある事はあります。
要するに多元化の結果として。
昔から不幸な人は沢山いましたが、ヤケになって人を殺しまくるなんてのはそうは無かった。
正直今回の事件も、異常だしこんな人が身近におったら困るとか、犯人に憤りを感じるとか、ガイシャがかわいそうだとかの色々言っても、
「ああ、またか、、、、、」
というのが皆様の共通した感情だと思います。
殆どの人が「当たり前」として受け入れている。
何らかの時代の趨勢だという事ですね。
しかしコレに正確に答えている文化人はあんまり拝見したことはありません。
マスコミの論調もすぐに犯人の個別の「不幸」な事情ばかり報道する。
それは当然あるのだけど、しかしそれだけなら多分30年前でも沢山いた筈なんですね。
しかし今回の連続殺人の場合は、犯人のプロファイルに中々興味深い所がある。
①親子関係
②職業
です。
これは現在の日本社会のクリティカルな問題を如実に反映してるではありませんかね(^_^;)
①なのですが、これは別に愛情が足りなかったとかそういうんじゃないですね(^_^;)
当たり前ですが。むしろ愛情があったからこそ子供が駄目になったのではないですか(^_^;)
親が特に母親が子供を駄目にしてしまうのって、予想以上に多いんです。
これは自分が職業柄多くの子弟と接して改めて感じたことですね。
これには明確なポイントがあって、
「親が自分の演じ方が解らない」
というのがあります。
本来親というものは、子供に対して最初の大人として接するものでした。
感情にしても、愛情にしても距離を置くというのが建前なんです。
結果として「感情的」になってしまう事があっても、それは大人として親としてマズかったんです。
だから子供に対して「怒る」のでなく、「叱る」というのがあったんですね。
ところがこれも多元化の結果なのですが崩れました。
今の親はもう大分前からですが、子供に対して直に感情を剥き出しに接します。
自分の思いどうりにいかないと「怒る」し、客観的に子供を見れないし接する事ができない。
子供と「お友達」になるケースも多いですが、これも同じ事ですね(^_^;)
結果子供を「おもちゃ」にしてしまう母親が多数出現する。
程度の差こそあれ、当然子供は潰れます。
今鬱病患者がたった10年前の倍だそうですが、恐らく生育過程で病的な精神構造になっていく人がかなり多いと思います。
親が自分の「役割」が解らない、認識していないというのは以下のような状況でもあります。
とある精神科に子育てで精神的に追い詰められて来た患者の話です。
そのお母さんによると、子供が騒いだりするのを「もうちょっと静かにして」とか「我侭ばっかいい加減にして」と思うのですが、子供はそんな親の心情なんて解るわけはないので、自分の精神が病んでしまったそうです。
その母親は本気で子供に「こっちの心情とか立場も解れ」と思ってるのですが、子供をそんなふうに思ってたらそりゃ神経症になりますよね(^_^;)
つまりその母親が最初から「子供とはこういうものだ」、「親とはこういうものだ」という「役割」をきちんと認識していれば、子育てで精神科に行く必要はなかったという事です。
事実昔はそんな事はまず絶対になかったと年配の人は言います。
つまり現代はそういう共通了解事項みたいなものが消えてしまっている訳です。
因みにこれは作り話ではありません。実際にそういう人澪知ってますから(^_^;)
さて、なぜこういった「価値観」が消えてしまったのか?
それは資本主義の「解体」作用なのですが、それ以上に戦後の日本社会ではそういったものを積極的に破壊してきました。そのメカニズムは自分も日本社会に生きてきたので良く解りますが、殆どの人が気が付いていません。ただ一つ指摘しておけば、一種の「諦めムード」と同根のものです。幾ら自民党や役人が愚かしい振る舞いをしても、「しょうがない」と思ってしまうメンタリティです。
日本人全体がそういうふうに自分に対して無責任にされてしまったんですね、、、、、、、
さてもう一つの②ですが、要するに非正規雇用の問題です。
日本人というのはそもそも「個人」というものがあまり意識されないんですね。
大切なのはどの組織の属してるかで、それが本人のアイデンティティになる。
だからそれは今でも根強く残っていますが、どこの大学を卒業したとかが大きな意味を持ったりする。
自分という人間が~大学を卒業したのではなく、~大学出身の自分なわけです。
これは社会に出ると判りますが、初対面の人同士だとかなり早い段階で出身大学を聞かれるケースが多いです。これは友人らにも確かめましたが、かなりそうですね(^_^;)
例えばSEやってる友人がいて、その人がある会社に仕事で出向したんです。
やっぱりほぼ最初に聞かれたのが出身大学だったとか(^_^;)
とにかくまず組織に属してる事が日本人にとってとても重要なんんです。
だから企業の正社員というのは、収入が安定してるとかそういうの以上に精神的な支えにもなる。
ところが現状では正社員というのは非常に減っていく傾向にある。
当然精神的に不安定な日本人もその分増えるというわけです。
秋葉で連続殺人しちゃった人も、恐らく正社員で組織の一員としての立場があれば、このような事件は起こさなかった事は間違いありませんね(^_^;)
事実、犯行へのトリガーになってしまったのは、作業服が無くなったからですから。
これが正社員として精神的に安定していれば、作業服が無くなった位で発狂したりしませんよ(^_^;)
だからコレは犯人の心が弱いというより、日本人そのものが抱えるメンタリティの問題でもあるんです。
組織から見放された途端に崩れるのは、自殺という形でも沢山あるんですね。
非正規雇用の問題は他にも沢山あるのですが、社会学的に見た問題点は日本に於いてはこういう事です。
そー言えば江東区OL殺人犯も契約社員でしたね、、、、、