ポップとアートの波間に揺れる
アンバランス全開のロック


 アメリカNY出身のバンド、ヤー・ヤー・ヤーズが今年4月にリリースしたばかりの3rdアルバム。
 ヤー・ヤー・ヤーズは2003年にデビューした比較的新しいバンド。日本ではあまり売れていないので、認知度は高くないのだが、デビュー・アルバム『Fever To Tell』と、06年にリリースした2枚目『Show Your Bones』がともにゴールド・ディスクに認定され、またメディアや評論家からも高い評価を獲得している、2000年代を代表するロック・バンドの一つである。
 このバンドは編成が特徴的で、ドラム・ギター・ボーカルの3人組という、ベース不在のバンドである。先天的にアンバランスな彼らのロックは、抽象画のように猥雑であり、いびつである。
 だが、パワフルなドラムを叩くブライアン、地鳴りのようにノイジーなギターを弾き倒すニック、そして鳥居みゆき似の、危険な香り漂うフロント・ウーマンのカレンと、3人の強い個性が爆発することでポップさを失わせない。
 特にボーカル・カレンの存在感が強烈で、永久に埋まらない欠落感や居心地の悪さ、そういった現代的な不安を、その真っ赤に塗られた唇から時に激しく、時に静かにシャウトする。前衛性とポピュラリティを並立させているところは上質の現代アートのようであり、とてもインテリジェンス溢れるバンドである。
 そしてこの3枚目、『IT’S BLITZ!』。おそらくヤー・ヤー・ヤーズにとって大きな転機となる作品ではないかと思う。今作では第4の楽器としてシンセイサイザーがほぼ全曲にわたって取り入れられ、曲調はニュー・レイヴ的なダンサブルなものへと変化を遂げたのである。アナログからデジタルへの180度の方向転換であり、この変化はかなり唐突な印象を受ける。
 1枚目と2枚目のアルバムでは、基本的にドラムとギターとボーカルだけを武器として、いかに従来のバンドとは違うサウンドを構築するかに主眼が置かれていた。3人がてんでバラバラな方向に個性を発揮し、離れ離れになった3人を頂点とするいびつな三角形が、これまでのヤー・ヤー・ヤーズだった。だが、シンセ導入による重層的な電子サウンドが、この三角形という平面図形を立体化し、空間的な残響感をもたらしている。
 今までのような、いかにもNYアンダーグラウンドといったスカスカで薄汚れた感じは無くなり、ヨーロッパ的なスノッブで官能的なサウンドに近づいた感じだ。おそらくここが賛否の分かれるところだろうと思う。
 だが、カレンの切羽詰ったボーカルも、ノイジーなところも相変わらず健在である。シンセによる恍惚とした安らぎの音と、彼ら本来の不安な音とが交互に波となって押し寄せる。
 この妙なリズム感ははっきり言って気持ちがザワザワとして落ち着かないのだが、この「なんとなく居心地の悪い感じ」は、紛れもなくこれまでのヤー・ヤー・ヤーズが追い求めてきたテーマと同一の地平上にあるものだ。そう感じられるからこそ、僕はこの『IT’S BLITZ!』を好意をもって受け取っている。


<ZERO>を演奏するヤー・ヤー・ヤーズ。シングル・カットもされたこの曲は、アルバム中もっともポップな仕上がり
「ただそれだけのこと」に
大人になった僕は救われる


 ヒットチャートの常連になるようなメジャーな存在ではないけれど、好きな人はどうしようもないくらい好きなアーティスト。それをよく「コアな人気」「伝説のバンド」なんていう風に形容するけれど、果たしてフィッシュマンズをその程度の言葉で片付けていいものなのだろうか。彼らが邦ロック・シーンに残したインパクトはあまりに巨大だ。

 1987年に結成され、91年にメジャー・デビューを果たしたフィッシュマンズ。ダブやレゲエをベースとした彼らのロックは、当時のシーンとは明らかに一線を画している。だが、耳のいいリスナーを中心にアンダー・グラウンドで人気を広げ、解散して10年も経った今もなおロック・ファンに圧倒的な存在感を放っている。

 この『ネオ・ヤンキーズ・ホリデイ』は93年にリリースされた彼らの3枚目のアルバム。<いかれたBaby><エヴリデイ・エヴリナイト><Walkin’>など、その後の彼らのパブリック・イメージを形成した名曲ばかりが収録された、初期フィッシュマンズの傑作と名高い作品である。

 全ての楽曲の作詞作曲を担当するのは、ボーカルの佐藤伸治。フィッシュマンズというバンドは、極論を言えば佐藤のもつ世界を形にするための、いわば専門ミュージシャン集団である。

 佐藤の作る曲には、例えばドラマチックな愛であったり、渾身の人生賛嘆であったりといった“仕掛け”は何もない。ただの日常、何も起きない退屈な日常だけがそこにある。天気のこと、付き合って何年も経つ恋人のこと、大好きなタバコのこと、そういった具合である。

 ただ、それだけのこと。しかし、その「それだけのこと」が、なぜこんなにも優しく響くのだろう。佐藤の、背筋がゾッとするようなハイトーン・ヴォイスと相まって、どの楽曲も地上から数センチ浮いているような奇妙な浮遊感を漂わせている。なのに、歌詞もサウンドもズシンと重く沈み込んでくる。

 僕がまだ10代の頃、自分の未来には、何か大きなドラマが待っていると信じていた。恋愛は素敵で、仕事は興奮に満ちていて、人生とはそういった劇的な出来事を重ねながら、まるでオリジナルの世界地図を作るようにワクワクしたものだと思っていた。

 だが、年を重ねるごとに、現実は必ずしもそうではないと思うようになった。どう足掻いても日常は退屈であり、どこまで進んでも何も起きないし、何も変わらないと、悲観的な気持ちではなく、単に夢から醒めたように僕は僕のリアルを理解した。

 それでも、心の中にはどこか淡い期待があることも否定できない。そして、その期待を満たしてくれるような一瞬の夢が見たくて、本を読み、音楽を聴き、映画を観るのかもしれない、とも思う。だとするならば、「何も起きない、何も変わらない退屈な日常」を歌うフィッシュマンズは、ある意味傷をえぐるように痛いのである。

 だが、痛さがそのまま嫌悪感になるかというと、違う。傷を覆い隠すのではなく、傷に触れることが救われることだってあるのだ。「人生はドラマだ」と言われるよりも、「人生は何も起きない」と言われた方が、元気をもらえることだってあるのだ。フィッシュマンズは僕にとってそういうバンドである。

 99年、佐藤伸治は心不全のため他界し、フィッシュマンズは活動を休止する。佐藤の死後はドラムの茂木欣一(現・東京スカパラダイスオーケストラ)が中心となり、ゲストボーカルを迎えながら、単発のライヴなどを行っている。


<いかれたBaby>を演奏するフィッシュマンズ

そしてこれが、05年のライジング・サン・ロックフェスティバルで演奏された<いかれたBaby>。ゲストボーカルの豪華な顔ぶれから、フィッシュマンズの人気の広さと高さがわかる
イケメン達が鳴らす
泥臭いブルース・ロック


 ニュージーランド出身の5人組、チェックスのデビュー・アルバム。

 地元オークランドの聖歌隊で知り合った幼なじみで結成され、2005年、彼らがまだ18歳のときにR.E.Mのツアー・サポートに抜擢されたのを皮切りに、オアシスやハイヴスなど大物バンドから次々とサポートのオファーを受け、デビュー前ながらも既に「話題の新人バンド」としてコアなロック・ファンから知られた存在になる。そんなチェックスが満を持して08年にリリースしたのがこの『HUNTING WHALES』。

 写真を見ると5人ともイマドキな若者でイケメン揃いなのだが、彼らの鳴らすロックはそのルックスに似合わず泥臭く男臭く、猛烈に渋い。ツェッペリンやゼムやクリームなど、60年代のレジェンドたちの遺伝子が70~90年代をすっ飛ばしてダイレクトに受け継がれたかのような、コテコテなブルース・ロック。随所に“濃い味”なメロディやギターリフやシャウトがあって、本当に20代前半か?と突っ込みたくなるほど、クラシカルな感性が爆発している。

 以前、ボーカルのエド・ノウルズのインタビューを読んだことがあるのだけれど、「少年時代に影響を受けたアーティストは?」という質問に対して、彼は「ジム・モリソン」と答えていた。推して知るべし、である。

 ニュージーランドのすぐ隣、オーストラリアには、チェックスと同じく古典的ロックンロールをゴリゴリ鳴らすジェットという大物バンドがいるけれど、オセアニアにはクラシック・ロック志向のミュージシャンが育つ独自の土壌のようなものがあるのだろうか。

 そのことについてエドは、ニュージーランドという、いわば音楽産業の“僻地”ゆえの事情を指摘する。当地のロックシーンはトレンドの波及速度が遅く、したがって新旧交代が極めてゆるやかで、アメリカやイギリスといった“都心部”では風化してしまった音楽が、今なお「現役の音楽」として生き続けているらしい。新人バンドがパブで演奏するにしても、ビートルズやザ・フーが弾けなければオーディエンスに受け入れてもらえないという。チェックスなどの若い世代はそういった環境で育っているから、クラシックなロックを演奏することを不思議とは思わず、むしろ自然にそういったバンドをカバーするのだそうだ。

 確かに、彼らは懐古趣味的な懐メロのコピーバンドではない。彼らには往年の直球型ブルース・ロックを、あくまで自分のモノにしているナチュラルさがある。だからこそ彼らのロックには古臭さが微塵もなく、むしろ最高にエネルギッシュであり、“現在のロック”として相対することができる。

 60年代に産声をあげたロックは、時代が進むにつれて新解釈と再構築を繰り返し、無数の枝分かれが行われてきた。それを主導してきたのはアメリカとイギリスだが、新陳代謝の激しいマーケットは、絶えず枝分かれのその先端にのみ関心を払い続け、いつの間にか、大元の「芯」の部分はスカスカになってしまっていた。ロックがまだブルースという親に手綱を握られていた時代。ブルースから“親離れ”しようと試行錯誤をしていた時代のロックである。

 そんな「芯」の部分を真正面から鳴らすチェックスのロックは逆に新鮮であり、カッコイイ。


曲を聴いてもらえれば、全てわかってもらえるはず!
<WHAT YOU HEARD>PV

<TAKE ME THERE>PV
いつか見た風景を映す鏡
そんな歌声がここにある


 昨年解散してしまったSUPER BUTTER DOGのボーカル、永積タカシのソロ・プロジェクト、それがハナレグミである。この『hana-uta』は2005年にリリースされたベスト盤。

 ファンク、ソウル、ブルース、レゲエからジャズやカントリーまで、サウンドは一曲一曲がバラバラでカラフル。だが、全体がアコースティックなトーンに統一されていて、どれもが静かで優しいバラードになっている。ブラック・ミュージックに根差している点はSUPER BUTTER DOGと変わらないが、グルーヴ重視ではなく、あくまで“歌”としての志向性がある。ボーカルがフィーチャーされているところはバンドと好対照で、いかにもソロ・ワークといった感じがする。

 正直に言えば、歌詞やメロディには取り立てて特別なものは感じられない。頭のなかでループするような中毒性のあるフレーズがあるわけでもないし、歌詞だって平凡と言えば平凡だ。それなのに聴き入ってしまうのは、彼の歌声のせいだろう。

 この人は本当に声がいいなあと思う。ハスキーでソウルフルな歌い方。だけど黒人のゴージャスなソウル声のような“くどさ”はない。むしろ人間臭いと言うか、鼻に抜けるような独特の甘ったるさには、温もりとほろ苦い哀愁とが同居している。歌詞よりもメロディよりも、ハナレグミは声そのものが雄弁だ。

 なんと言えばいいのだろう、聴いていると外界がシャットアウトされて、引き出しの奥にしまっていた昔の手紙が何かの拍子で出てきたように、何年も前の思い出だとかかつて感じたことのある気持ちだとか、心の奥底で埃をかぶっていたいろんなものが、一つひとつゆっくりと泡立ってくるようだ。

 ハナレグミ名義での最初のシングルであり、このアルバムでも1曲目に収録されている<家族の風景>。この曲を初めて聴いたとき、僕の瞼の裏には、何年も前に見たある夕景が像を結んだ。

 本当に個人的な情景なのだけれど、それはtheatre project BRIDGEがまだ湘南で活動をしていた頃によく使っていた稽古場の、2階の窓から見た景色だった。田舎なので周囲には高い建物がなく、ごく普通の家並みの上に空だけが広がっていた。季節は秋で、時間は多分午後3時とか、そのくらいだったと思う。空がオレンジ色に染まりきる手前の時間帯、傾き始めた陽がたくさんの砂金の粒を空中に撒き散らしたような、そんな景色だった。

 なぜその空を思い出すのか、よくわからない。もちろん歌詞の内容とは全く関係もない。ただ、季節も場所も時間帯も、さらに言えば部屋の中の温度や窓ガラスの曇り具合まで、つい昨日の出来事のようにありありと思い出せる。

 きっと何かの拍子に僕の頭のフィルムに強く焼き付けられてしまった景色なのだろう。当時僕の身に起きた出来事などから原因を探ることはできなくもない。でも、僕はそれをしない。理由を追究すれば、その分だけ記憶が薄まってしまうような気がするからだ。

 ハナレグミの声は、そんな風に自分の内なる世界を覗かせる、鏡のような吸引力を持っている。その鏡に次は何が映るのかが知りたくて、何度も何度も聴いてしまうのだ。

 6月には4年半ぶりとなるニュー・アルバム『あいのわ』がリリースされる。


<家族の風景>はこんな曲
胸いっぱいのムカつく気持ちを
喜びのパンク・ロックに変えて


 グリーン・デイの4年半ぶりとなる新作のリリースが、いよいよ来月に迫った。個人的には2009年上半期でもっとも期待が高いアルバム。なぜなら、前作であるこの『アメリカン・イディオット』があまりに素晴らしい作品だったからである。

 1990年代初頭にデビューして以来、過去の遺物となりつつあったパンクを現代の感性で鮮やかに蘇らせ、シーンを牽引してきたグリーン・デイ。7作目のアルバムにあたるこの『アメリカン・イディオット』は、全曲が1つのストーリーを基に展開されるというロック・オペラである。この種の作品はザ・フーの『トミー』やデヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』などの前例はあるが、パンクに限って言えば30年に及ぶその歴史のなかではおそらく初めての試みなのではないだろうか。

 物語の主人公は、郊外に生まれ郊外に育った青年「ジーザス・オブ・サバービア」。彼は汚くしみったれた故郷の街に愛想を尽かし、別天地を求めて旅に出るが、自分の現実を受け入れ最後は故郷に帰る、というのが粗筋である。

 ストーリーの骨格は極めてシンプルだ。だがグリーン・デイにとってこのアルバムを作る最大のモチベーションとなったのは、単にオーソドックスな成長譚を音楽にすることではなく、02年になし崩し的にイラク戦争に突入した、母国アメリカへの批判と警鐘だった。

「ゆりかごから墓場まで 俺達は戦争と平和の子」
「テレビは明日を夢見てるけど、そんなものに従ってどうする。それだけですでに疑わしいじゃないか」


 グリーン・デイは主人公「ジーザス・オブ・サバービア」の口を借りて怒りを爆発させる。そして、火を噴くように苛烈で鋭い言葉の数々は、アメリカ国内だけのドメスティックなものではなく、現代の世界全体を射程に捉え、鈍く漂う21世紀的閉塞感のど真ん中を射抜いている。

 しかしこのアルバムの本当の魅力は、そのような社会的メッセージを背負ってもなお、グリーン・デイがこれまで築き上げてきた、ポップでラウドなパンク・サウンドを貫き通しているところである。

 わかりやすいメロディとこれでもかとたたみかけられる韻。彼らのパンクには暴力性や破壊衝動といった負のオーラがない。そこにあるのはどんなテーマも喜びという感情に力ずくで昇華させてしまう、絶対的な正のパワーである。

 戦争はムカつくし、それを引き起こすバカな奴らはもっとムカつくし、とにかく胸の中はムカつく気持ちでいっぱいだけど、それをとびきりポップな音楽で表現しようというところに、彼らの鮮やかな知性を感じることができる。

 怒りを前向きなパワーに変換させてしまう、そんなマジックを持った本作は、うんざりしようと思えばどこまでもうんざりできる世の中を生き抜くためのヒントを提示している。
「椎名林檎+バックバンド」が
「東京事変」へと進化した一枚


 東京事変が2007年にリリースした3枚目のアルバム。「娯楽」と書いて「バラエティ」と読む。

 ソロ、バンド問わず、これまで椎名林檎の関わる音楽は、彼女の世界観を第一義とし、それをひたすら追求してきた。アレンジ・ワークには亀田誠治をはじめ、さまざまなミュージシャンが関わってきたものの、作詞作曲を椎名林檎自身が担当してきたことはほぼ一貫していたため、核の部分は常に「椎名林檎ワールド」からブレなかったわけである。

 だが、この『娯楽』では、彼女の担当は数曲の作詞だけに限られ、他はすべてバンドのメンバーに委ねられた。そのため個々の楽曲の印象も全体の肌触りにおいてもこれまでの作品とは一線を画し、タイトルの示す通りいつになくバラエティに富んだアルバムとなったのである。

 「椎名林檎」が好きな人には物足りないのかもしれない。だが僕は彼女の音源のなかではこの『娯楽』が一番好きだ。

 椎名林檎は非常にキャラクターが強い。彼女の音楽に接するとき、椎名林檎というキャラクターと楽曲とを切り離して聴くことは難しい。もちろんそれはどのアーティストにも大なり小なり言えることなのだが、彼女の場合はレベルが違っていて、曲を聴くときには常に彼女自身の人格を生々しく想像することが強いられるように感じる。

 これはつまり、椎名林檎の音楽を好きになるか嫌いになるかは、彼女の人格を受け入れられるかどうかにかかっていることを意味している。僕はおそらく受け入れられなかったタイプなのだと思う。もちろん嫌いではないし、むしろ好きになろうと(彼女を受け入れようと)努力をするのだが、どうもフィットしなかったのだ。

 逆に言えば、椎名林檎の音楽を聴くにはそれだけの純度を必要とするということなのだろう。僕がこのアルバムが好きだと思えたのは、作詞作曲が彼女の手から離れたことで、これまで飛び越えられなかったハードルが一段低くなったからなのだ。

 このアルバムにおける椎名林檎は、いわば「モチーフ」である。詞と曲を他人からあてがわれる純粋なボーカリストに徹し、その声と築き上げてきたキャラクターを客体化しようというのがこのアルバムの目論見だ。

 結果、この試みが奏功したのは、ボーカリスト椎名林檎の新たな魅力が見えたということもあるのだが、それ以上に初めてこの5人が「椎名林檎+バックバンド」ではなく、「東京事変」という名のバンドになったことだと思う。

 この作品を聴くまでは、正直ソロと東京事変と、大差ないじゃないかと感じていたのだが、彼女が1人のボーカリストとなったことで、またソングライティングをメンバーが担当したことで、前作とは打って変わって全体感と躍動感が生まれている。<ミラーボール>や<メトロ>のようなファンキーなノリの曲なんて、これまでならありえなかったんじゃないだろうか。

 来月には6年ぶりとなるソロアルバム『三文ゴシップ』がリリースされる。この『娯楽』でだいぶ免疫ができたので、今度の新作にも果敢にチャレンジしてみたい。


<キラーチューン>PV。詞は椎名林檎、曲はピアノの伊澤一葉。その名に恥じないカッコイイ名曲。theatre project BRIDGEの前回公演『アイラビュー』の劇中でも使用しました
“ROCKは詳しいぜ”
甘いマスクがはずされた瞬間


 これまでの流れ的にSOPHIAというセレクトは意外に思われるかもしれない。

 確かに彼らはなんとなく“チャラい”印象がある。実際初期の頃は、当時のいわゆるビジュアル系ブームに乗っかったアイドルバンドの一つに過ぎなかった。軟派に見られてしまうのは、その頃のインパクトが未だに尾を引いているからだろう。

 だが彼らは1999年にリリースしたこの『マテリアル』で当初のイメージを覆す。

 煙草、ヒゲ、刺青。インナースリーヴの写真に写った彼らの姿はジャンクで猥雑だ。そこにはビジュアル系という評価や期待を真っ向から拒否するような、ロックバンドとしての姿がある。これは、そのように進歩したというよりも、元々彼らが持っていたロックバンドとしての精神が表れたと見るべきだろう。

 心の内をありのままに綴ったようなセンシティブな歌詞。アナログもデジタルも片っ端から詰め込んだ実験的なサウンド。本作にはまるで、ようやく欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のような瑞々しさがあるからだ。

 SOPHIAは実にしたたかだったのである。ビジュアル系ブームをキャリア実現のための手段と割り切り、甘いマスクの下に音楽への野心をじっと隠し続け、そしてこの6枚目のアルバムでついにその本性を露わにしたのだ。

 彼らが初めてさらけ出した本来の姿。だがそれは傷だらけで臆病で、お調子者でずる賢く、そしてそんな自分を自覚してまたさらに傷ついてしまうような、ナイーヴな姿だった。

  「本当に大切なものが何だったのか、僕はもう忘れてしまったよ」と歌う1曲目<大切なもの>。いきなりこういうテンションで始まるあたり、このバンドがそれまで歩んできたポップな路線の真逆を行く展開である。

 その後も、「全てを受け入れるほどタフにはできちゃいないみたいさ」と呟く<せめて未来だけは・・・>や、「誰かこんな僕いりません?」とたずねる<センチメンタリアン・ラプソディ>など、内面をほじくり返したような粗い言葉が続く。

 そして、そのガラス工芸のように繊細な歌詞を、いかに曲として成立させるかという一点に向けて、音が構築されていく。ストリングスから打ち込み、果ては“台詞”に至るまで、さまざまな音を総動員しているのは、単純にカラフルさを狙ったものと言うよりも、メンバーの楽器だけでは世界観を表現できなかったからだろう。音が幾層もかけて言葉をパッケージするように、一つひとつの曲が作られている。

 このアルバムが当時どれほどファンに受け入れられたのか定かでないが、ただそれまでの作品から察するに、おそらく歓迎よりも戸惑いと衝撃の方が多かっただろうと思う。

 だが、愛と友情を無邪気に信じる思春期の幼さを冷凍保存し、それを永久に変奏するのがポップスであるならば、ロックは成長に伴う感性の揺らぎを移ろうままリアルに表現するものである。初めは勢いに任せてポップでキャッチーな作品ばかりを作り、やがてそのエネルギーが失われた後に、今度はレコーディング技術の粋を凝らして内省的な世界を表現するという流れは、ロックバンドとして正統派であることの証である。

 『マテリアル』を作ることはSOPHIAにとって必然だったのだ。この作品は彼らにとっての『ラバー・ソウル』であり、『ペット・サウンズ』なのである。


“ROCKは詳しいぜ”と喧伝する<beautiful>のPV。「いかにも」なケバケバしいメイクは、ビジュアル系と呼ばれることへの皮肉たっぷりなアンサーである。この曲は昨年のtheatre project BRIDGE公演『アイラビュー』で劇中で使いました
読んでるだけでカユクなる
「蚊」でいっぱいの珍書


 きっかけは、ある一夜に起きた恐怖の体験だった。三重県の神島という小さな島にキャンプに行った椎名誠。仲間たちと焚火をしながら魚を貪り大いに酒を飲み、さてそろそろ寝るかとテントにもぐりこんで、今度は満天の星空の下で幸福な眠りを貪ろうとしていた矢先、それは起きたのである。

 テントの中の暗闇に、ざわざわという音が鳴っている。そしてなんだか全身が猛烈に痒い。仲間たちも皆モゾモゾし始めた。慌ててヘッドランプを付けると、灯りの中にはおびただしい数の蚊が、文字通り渦を巻いていたという。

 パニックに陥るテント内。声を出そうにもうかつに口を開けると蚊を食べてしまう。慌てて大量の蚊取り線香に火を付け、バチバチと手の平で蚊を退治していく椎名たち。テント内はつぶした蚊の残骸と吸われた大量の血が飛沫となってあちこちに飛散する。

 そして、彼らは「ザザザッ」という奇妙な音を耳にする。まるでテントに大量の砂粒が当たっているような音。それは、今彼らを襲っている蚊の、その何倍もの大群が、ヒッチコックの映画『鳥』のごとくテントにザザザッと当たっている音だった。

 そんな恐怖の体験から、椎名誠は突如として「蚊」に猛烈なる興味を抱く。世界にはどんな蚊がいるのかといったことから蚊取り線香の形は万国共通なのかといったことまで、一夜にして「蚊學」に目覚めた椎名は、“向学心”の赴くまま、蚊に関するさまざまなエッセイや体験談、データなどをまとめて一冊の本にまとめる。それがこの『蚊學ノ書』という、一大珍書なのである。

 とにかくこの本には、徹頭徹尾「蚊」しかいない。椎名自身が書いた蚊に関するエッセイ(「近ごろの蚊」なんていうタイトルのものも)や短編小説にはじまり、C.W.ニコルをはじめ椎名の“蚊友”たちによる衝撃的な蚊の体験談(題して「蚊激な発言」)に、蚊が描かれた江戸時代の川柳を鑑賞し品評するという「蚊談会」。さらには「蚊の付く地名一覧」「蚊の付く人名一覧」「蚊のことわざ」なんてものまで。しかし一方で、マラリア蚊の対策とその薬の副作用が詳しく綴られたハードな手記なんかも収録されている。

 もっとも強烈だったのは体験談。カナダやアラスカにはトンボ大の蚊がいるというし、アマゾンではあまりに大量の蚊が人にまとわりつくから蚊柱が人の形をしていて、遠くからだと巨人が歩いているように見えるという、「本当かよ!」というような話が載っている。

 驚きなのは北極にも蚊がいる、という事実。しかも寒いところにいる蚊は獰猛で、ジーパンぐらい突き通してしまうほど屈強な針を持っているらしい。専用の装備(!)をしなければ死んでしまう可能性もあるんだって。世界は広い。

 読んでるだけでなんだか痒くなる。しまいにはあの「プーン」という羽音が聞こえてくるような気にさえなってくる。だが、怖いもの見たさというか、不快なところがまた快感、というか、ムズムズしながらもぐいぐいと読んでしまう本。
名前も知らない外国で
「王国」を手にしようとした男


 よほど日本史が好きな人か、あるいは大学受験などで集中的に日本史を勉強した人でなければ、山田長政の名前すら聞いたことがないだろう。17世紀初頭、単身アユタヤに密航し、そこで日本人町の頭領となり、さらにはリゴール地方の太守となった人物である。その山田長政が、この『王国への道』の主人公である。

 時代は江戸幕府が成立して間もない頃のこと。戦乱の世は終わりを告げ、身分秩序と幕藩体制という、全国的な社会基盤が徐々に出来上がり始める。だが、社会の安定化は、足軽などの下級武士にとっては立身出世の機会を失うことを意味していた。戦がなければ手柄を立てることもできない。「一国一城の主」など夢のまた夢である。百姓になるか職人になるか、いずれにせよ小規模な人生のまま一生を終えるしかなくなるのだ。

 藤蔵(後の長政)はそんな日本に見切りをつけて、一か八か、外国で一旗挙げようと決意する。彼は江戸幕府による切支丹禁制により国外に追放される切支丹信者に混じって、密出国をするのである。

 マカオを経て、さらに船旅を重ねて藤蔵がたどり着いたのはアユタヤ(現在のタイに栄えていた王朝国家)だった。当時アユタヤには、主君を失い流浪してきた戦国武士などを中心に日本人町が形成されており、隣国ビルマとの戦争の折になど、日本人は傭兵としてアユタヤ王朝に出仕していたのである。藤蔵は持ち前の機転と胆力を武器に、徐々に頭角を表し始める。


 まず「山田長政」という、神秘的なベールに包まれた人物の半生が描かれているという時点で、日本史好きにはたまらない。長政についてはほとんど資料が残されていないそうだが、それもそのはずで、アユタヤなんていう国が世界にあるなどということを、当時の日本人のほとんどは知らなかった。だからこそ、山田長政という人物のスケールのでかさに圧倒される。現代の日本人が外国で起業する、なんていうのとは訳が違う。

 前半は、長政が野望の赴くままにアユタヤで着実に権力を得ていく様子が描かれる。その姿は、「ビッグになる」という、日本の侍にとって永遠の、そしてもはや失われてしまった夢を、単身外国で追い求めているかのようでロマンを感じる。

 アユタヤ王朝は、権力にすがる者たちが張り巡らす讒言虚言の罠だらけ。ちょっと可笑しくなってしまうくらいに、胆に一物を抱えた“悪い奴”がたくさん登場する。そのなかで、自身も策謀の限りを尽くして、日本人傭兵軍団の長となった長政だったが、やがてそういった権力の争いに空しさを覚え始める。そこから、この物語のテーマが徐々に見え始めるのである。

 実は『王国の道』にはもう一人の主人公とも言うべき人物がいる。日本を追われた日本人の切支丹信者、ペドロ岐部である。岐部と藤蔵は、国外退去(藤蔵にとっては密出国)の際に、同じ船に乗り合わせた仲だった。岐部は日本国内に残った信者を救うため、捕縛され極刑に処せられるのも厭わぬ覚悟で、日本への帰国を果たすのである。

 長政が夢描いた、富と力に満ちた「地上の王国」と、岐部が追い求めた、神に殉じる「天上の王国」。この二つの王国の対比が物語のテーマをあぶり出す。
パワーとポップとギターと泣きメロ
直球ロックがここにある


 前々から聴こう聴こうと思っていながらも手をつけずにいるうちに、2008年で活動を休止してしまったエルレガーデン。結局僕がちゃんと聴いたのは、休止発表後リリースされたこのベスト盤だった。

 「聴くのが遅すぎた!」というのが最初の感想。こんなかっこいいバンドを活動休止するまで放っておいたなんて、自分はただのモグリじゃないかと軽くヘコんでしまった。

 “ガーデン”という牧歌的なバンド名のせいか、なんとなくサウンドも歌詞も繊細な、ブリティッシュ的音楽を想像していたのだけど、蓋を開けてみたら、そこに詰まっていたのは高速ギターリフが炸裂しまくる、超アッパーなロックンロール。

 クールでエネルギッシュなギターと、重量級だがスピード感のあるドラム&ベース。ちまちました小細工など毛ほどもない。彼らの音楽はどれもど真ん中狙いのストレートだ。Aメロはグッと押さえて、サビで一気に爆発、という使い古された曲展開も、エルレの手にかかればむしろ爽快感がある。

 そして、彼らの最大の武器はポップなメロディ。日本の歌謡曲的な土壌に根付いた、随所に“泣き”が入るようなメロディが、彼らが大きなポピュラリティを掴んだ所以だろう。

 ライヴ会場はどこも10代ロックファンのモッシュ&ダイヴだらけというのも納得できる。フラストレーションをガソリンに変えて突っ走るようなエルレガーデンの音楽は、若ければ若いほど夢中になれるのかもしれない。


 だが、僕自身は、もし10代の頃に彼らに出会っていたとしても、おそらくあまり好きにはならなかったと思う。

 エルレガーデンや、当時で言うとグリーン・デイやハイ・スタンダード、そういった明快でわかりやすい音楽は、僕にとっては子供だましのように感じられ、退屈だった。それよりももっと複雑で、独特で、もっと言えば少々聴きづらいくらいの音楽の方が、人生の真実であったり世界を読み解く知恵であったり、そういうものを教えてくれるような気がしていたのである。音楽に限らず本も映画も、“わかりにくい”ことの方が“本物”っぽいような、そんな気がしていたのである。

 それから時間が経って、いつの間にか僕は「わかりやすくても、わかりにくくても、面白ければそれでいいじゃん」という、なんとも力の抜けた感覚で音楽を聴くようになっていた。いい加減になったのか、感性が一回りして逆にわかりやすいものを好むようになったのか、そしてそれらをひっくるめて、それが「年をとった」ということなのか。なぜ変わったのだろうと改めて考えてみても、自分のことなのに案外理由がよくわからない。

 個人的には、そんな感性の変化みたいなものを感じた一枚である。


<Red Hot>のPV。ボーカル細美武士は帰国子女なのだろうか。ネイティブみたいな英語の発音をするので、何も知らずに聴いたら洋楽バンドだと思ってしまいそう