この世はコップの内側と外側のように全て外と内がセットになっている。

外側だけのコップも、内側だけのコップも存在できない。

必ず内と外がセットになっている。

勿論、コップに限らず全ての存在物がセットで存在している。

右と左。上と下。表と裏。あげていくと切がない。というより本当に切がない。

この世で、セットで存在していないものはひとつも存在していない。

男と女。自分と相手。自分がいないと相手はいない。

鏡に映った自分と、肉体の自分。自分がいないと鏡の中の自分も存在しない。

鏡には自分が映る。

どんな物にも必ず相対がある。

温かいがあれば、相対には冷たいが存在している。

頑固があれば、必ず相対がある。

相対がなければ、頑固も表現できないし、感じることが出来ない。

頑固があれば、素直がある。

必ず相対がセットになって仲良く存在している。

相対は、お互いがお互いのことを理解するために欠かすことの出来ない大切なパートナーなのだ。

右は左が無いと右と言えないし表現できないし右そのものを理解できない。することが出来ない。

善は、悪が無ければ前と言えない。

水戸黄門は、悪代官がいないと良い人だとわからない。

自分の中に相対があるから、どちらが来ても上とか下とかが、わかる。

相対の役割はお互いを知るため。

男性は、女性がいないと自分が男性だとわからない。

愛があれば、恐怖がある。

恐怖があるということは、相対に愛がある。

この世では、愛すれば愛するほど、その愛を失う恐怖がセットになっているので、失恋したり離婚したりする。

相対がセットになっていることを知ると今の現象に振り回されなくなる。

自分が落ち込んでいたら、上がった高いところから見ていたからで、比べるものが無ければ何もわからない。


相対を知ると自分が違うところから見れる。


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