今日も駅にいた、しもだ玲です。

 連日の如く駅頭をしていると、早朝の寒さに慣れるというメリットを見つけました(笑)
 今日の駅頭でも、小学生の子どもたちが覚えていてくれたようで「また、立ってんの」と言われました。子どもでも覚えてくれているならと思うとうれしい限りです。

ところで、中国国家統計局が発表した2010年の中国の国内総生産(GDP)が前年比10.3%増となり、世界第2位に、また日本が世界3位になることがほぼ確実となった、と夕刊でみました。

 このところの日本の停滞を実感した気がします。

 第2次世界大戦後の日本が歩んできた高度経済成長期やバブル期という、右肩上がりの時代があったことは知っていますが、1984年生まれのボクにとっては、まるで絵空事のようにしか思えません。
 
 ボクが生まれたころが、バブル真っ盛りのころだったと聞きますが、景気を意識するようになったころにはすでにバブルが崩壊していました。つまり、いまの社会の状況は、ボクたちからすると標準なんですね。

 GDPで中国に抜かれた…という事実も、ここ10年ほどの中国の勢いを振り返ると、当然のようにも思われます。しかし、GDPの競争がボクたちの生活と直結しているか、というとそうでもないような気がします。

 また今日の夕刊から感じることは、これまでの日本で当たり前と思われてきた概念や価値観を改める必要があるのではないか、と思います。
 政治家のなかには、日本がアジアのなかでリーダーシップを発揮しなければ…という方もいます。が、現状はどうでしょうか? お隣中国の場合、経済も外交能力も強力なリーダシップが、少なくとも日本よりは発揮されていると感じます。

 オイルショックのころ、イタリアで誕生したローマクラブというシンクタンク(提言集団)が主張した「成長の限界」という言葉は、先進諸国のその後を指し示す代表的なキーワードとなりました。「成長の限界」とは終焉ではなく、持続可能な社会システムを目指すべきだということにつながります。

 たとえばボクが高齢者となるのは2050年ごろになります。それまでの約40年間、日本がどうあるべきか、それを考え、実行していくのはボクたちの世代の責任でもあると思います。古き良き伝統は守るべきです。しかし歴史は絶対に逆へは進みません。大切なことは、現状をクールに見つめ、これからどうすべきか、という未来学ともいうべき方法論です。

今日のテレビのニュースで、オリンピックで金メダルを絶対とると豪語する10代の卓球少女たちの姿が放送されていました。自分のできることで「世界を目指す…」、こういうひとりひとりの思いが集積されてこそ、これからの日本の方向性が見えてくるのでは、と思い、そのためにボクには何が出来るんだろうと考えました。。

・・・今日の一言・・・

明日は今日のつづきである。今日の駅頭は明日への道程である。

ちょっとムリがありますかね(笑)