小学校高学年~中学生にかけて

不朽の名作「ベルばら」と

出会います。

 

当時、というか今でもマンガ作品の中で

最も豪華な絵柄、スケールの大きさ、

ストーリー構成、波及作品の多様さ…

でピカ一だと思っています。

 

 

宝塚のベルばら舞台は、初代のチラシを偶然目にしては

いましたが、当時まだ幼稚園生。

たぶん、化粧がちょっと怖かった…

22歳になってから宝塚を見に行くようになります。

ベルばらは安寿ミラ、真矢みき、愛華みれ、天海祐希…の

代でみました。

 

当時、池田理代子先生はこの物語の主人公をオスカル、

アントワネット、フェルゼンの

3人だとおっしゃっていたと思います。

私もそのつもりで読んでいました。

ところが…

アニメが放映されてからでしょうか。

アンドレがあれだけ注目されるとは思っていませんでした。

 

 

確かに、身分差を乗り越えての純愛を貫いた姿は

感動なのですが、当時コドモだった自分は

オスカルはフェルゼンとくっついてほしかったんです。

貴族どうしだし…

平民と貴族の身分差というものがどんなに重く

ぶ厚い隔たりとなっていたのか、まだよく理解して

いない頃でした。

 

 

本編のすばらしさはもう、いろんなところで語られて

いますのでさておき。

この多感な年頃に読んでしまった豪華な衝撃作が

その後の自分の恋愛基準を決めてしまったといっても

過言ではありません。

 

 

 

基準とは一言、

美男美女でなければ

恋愛する資格はないっ

ということ。

 

 

読んだ当時は中学生あたり。

まだみんなコドモで美男美女がいるわけではありません。

まあ、小学校の頃のYちゃんというカワイイコの他には

どんぐりの背比べ、ぐらいでした。

男子もしかり。

 

そもそもどういう顔をしていればカッコいいのか、

マンガでない現実の世界で美男とはどういう人か、

サンプルがありませんでしたね。

中学生の時に人気があったといえば、

たのきんトリオとか(超古い)はてなマーク

私は全然良さがわかりませんでした。

 

歌ではチェッカーズ。

テレビもラジオも縁がなかった自分からすると、

これも良さがわからなかった…

やっぱりまだマンガの世界の方が断然

カッコよかったんです。。

 

 

あーーー、でも、小~中学校が一緒で、一学年上に

A兄弟という双子がいました。

当たり前ですが2人とも同じ端正な顔立ち。

どちらが、ということでもなく、しばらく

この双子を見かけては

舞い上がっていた日々もありました。

 

しかし、それと恋愛は違うのです。

こちらは赤メガネをかけた、七三分け、

背が高く可愛げのないダサ女子。

しかも、中3の時には体重60㎏の大台を突破し

増え続ける一方……

 

いくらカッコいい先輩がいても、そこに自分が

一緒にいる図はみじんも浮かばないのです。

それこそ、どちらも美男美女でなければ恋愛関係は

始まりすらしない。

 

25歳の時は76㎏ありました。

その後、怖くて体重計に乗っていないので、

MAX80㎏以上はいってた……。。

そんな、15~25歳の一番恋愛適齢期に

背もでかく横幅もハンパない、まるで関取のような女が

恋愛なんてできるわけがない。

 

また、アムロちゃんが出てきたころと重なり、

世の中が小顔崇拝となった時代。

デブで顔もデカい自分はますます居所がなくなるのでした。。

 

 

恋愛の美学。基準はベルばら級の美男美女?! その2

につづく

 

 

勝ち組と思えたことがない…

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なぜか居心地よかった名古屋時代 その2

 

引き続き小学校4年生時代です。

 

国語の授業で「ピザパイピザのうた」という作品がありました。

 

 

おじいさんとおばあさんが出て来て…内容は覚えていないのですが、

このおじいさん役とおばあさん役がいつの間にかできていて、

「希望」とか「夢」とか

抽象名詞を女子につける遊びがひそかに流行ってました。

 

ある日突然、おじいさんとおばあさん役から名前を「伝授」

されるようで、「あたし『希望』なんだってーー」とか

女子は報告しあってました。

 

さて…

自分にはとうとう最後までこの名前、もらえませんでした。

えーーーっ!?

このじーさんとばーさん役(どちらも女子)とは

特に仲悪いわけじゃないのに。

ひそかないじめはてなマークはてなマークはてなマーク

 

仲悪いわけじゃないとはいっても、なんとなくこの二人からは

遠巻きに見られているというか、

ちょっと恐れられていた感はしてました。

それがいけなかった??

しかし、私は前例のとおり、友人の言いなりになってたとこも

あるので、コワいイメージは当時なかったはずなのだがはてなマークはてなマーク

 

 

ひとついいことも ビックリマークラブラブ

同じ4年生の時にやっぱり転校生で、

すっごくオトナっぽい男の子が入ってきましたドキドキ

背も高く、雰囲気に惹かれました。

初恋は小学校1年だったので、この時2回目はてなマーク

セカンドラブですかね。

中森明菜の歌良かった…

 

 

体育の時とか、まだ男女とも同じ教室で着替えていた

時代なので、このコがいると恥ずかしかったです。

でも、着替えの時に、私が偶然、彼の行動を遮ったみたいで、

笑いながら軽く睨まれたことがありました。

接点はそんぐらいしかなかった…

 

 

たった1年9か月しかいなかったけど、

全体的にいい印象なんです。名古屋は。

その後、同じく名古屋にいたことのある友人と旅行し、

住んでいた家のあたりとか猪高小学校とか訪れてみました。

スイミングスクールも変わっていない。

 

残念だったことは、名古屋に住んでいながら、

名物をほとんど食べていなかったのです。

ういろう、手羽先、みそカツ、ひつまぶし、

名古屋コーチン、きしめん……

 

うちの父は自分の口だけが可愛い人だったので、

家族にいいものは食べさせず、

借金して同僚におごったりしてたそうなので、

そのせいか?

 

名古屋で一番の外食の楽しみといえば、

当時新しくできた清水屋というデパート(はてなマーク)にある

「くらぶ亭」というお店のお子さまランチでした!!

バカにしたもんではなく、料理が充実していて

毎回大満足してたんですよ。

 

あとは近所のスーパー、エイワストアに売っていた、

焼きたてだんご胡桃団子

みたらしではなく、しょうゆ味なんですが、

この焦げ具合がなんとも旨かった。

数十年後に訪れた時には、このスーパーごとなくなっていたので

このだんごやさんもどこかへ…

おいしいものは残してほしいです!!

 

 

広ーーい100メーター道路に驚き、

よく家族で行った青少年公園(現在はモリコロパーク)、

森林公園の思い出は褪せることがありません。

 

 

最後は嫌な父親だったけど、

公園にせっせと連れてってくれたり、

この時に野球をして遊んでくれた思い出は

切り離してあげなきゃ。

 

思い出すと、ほっこりする土地なのです。

名古屋名古屋

 

 

 

なにか夢中になれたことがあったかな…

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なぜか居心地よかった名古屋時代 その1

 

進級して4年生では、年配の大ベテラン先生が

担任になりました。

名古屋弁バリバリ。

伝染るもんか、と必死に抵抗しても、

強烈な名古屋弁を口走ってしまうことも…

 

「~~~ダニ?」

「~~~だがやー」

「~~~だがネー」

 

は平気で使ってましたね。。

 

 

園芸クラブシャベルの顧問でしたが、クラスの児童全員にも

園芸のお手伝いをさせていました。

それはそれで楽しかったです。

 

 

土を耕したりスコップで土を耕す、種を蒔いたり…

クラスにぜんそく持ちの男子がいましたが、けなげに

園芸を手伝っていたので、先生のお気に入りでした。

 

 

しかし、このクラスを離れてみて、まったく園芸の「え」

の字もやらなくなると、4年生の時はよっぽど園芸作業に

時間を費やしていたのかしら、と思うほどやってました。

 

猪高小学校は、当時校舎がいくつもあって、

移動が大変でした。

自分が子どもだったせいかもしれませんが。

 

健康優良児の表彰を年一回やっていたのも、

新鮮な驚きでした。

二宮金次郎の銅像も校庭にありましたし。

けっこうベタ。

 

4年のクラスもいいクラスでしたが、

3年の時も一緒のクラスだった子が、

休み時間ごとに

「近藤先生(前の担任)に会いに行こう」

と誘いに来るので、新しい友達と歓談していた

私にとっては少々迷惑でした……

 

 

この頃は、男女問わず、放課後になると家まで遊びに行ったり

女子どうしだとお泊り会もよくやってました。

一緒にお風呂に入ったり、おそろいの手作りバッグを持って

学校の裏山にピクニックに行ったりと楽しかったですね。

 

 

新学期過ぎて、家庭訪問の時には、

クラスの子が次の子の家を調べておいて

先生を案内するという、

私にとっては初めての方法をとっていました。

 

 

クラスにはいろいろな子がいました。

休み時間になると必ず「おんぶ」と言ってくるので、

私がおんぶして歩き回った子。

これがなかったら、もっと脚が長かったかもしれない。

 

毎日の漢字テストでクラスの一、二位を争っていた子が

私に負けそうになると、

「わざとまちがえてくれない?」

とわざわざ問題までを指定して命令してきたり。

かなり間違えてやったので、実際はダントツ

私がトップでした。

 

今の時代だと問題ですね。

本人たちにそれほど悪気はなかったと思いますが、

私が文句を言わずに従うので、いいように使われてました。

 

 

 

なぜか居心地よかった名古屋時代 その3

へつづく

 

楽しいこともあった…かな??

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