すでに人口の項で触れたとおり、2010年代に入って、日本の人口は減少に転じました。

しかし、これは成熟期に入った資本主義国では多く見られる現象で、日本に限ったことではありません。

昭和35年(1960年)には1,450万人であった農業人口は、平成20年(2010年)には260万人まで減少し、しかも65歳以上の就業者が60%を超えています。150年前までこの国を支えていた農業は見る影も無くなっています。

一方で第二次産業としての製造業(工業)に従事する人口は約6,500万人と、労働人口の約25%を占めています。しかし、これもすでに減少傾向に入っています。

近年成長著しいIT産業の従事者は、それでも2015年の統計で102.5万人にすぎません。

すでに見てきたとおり、かつてこの国の富はその多くを農業生産から得ていました。近代化とともに主たる産業は工業(製造加工業)に変わっていきました。その工業も特に戦後の経済成長期を経て、労働集約型の構造から、資本集約型、技術集約型の構造に変化していきました。人手による生産から機械による生産へ。所得水準の向上による人件費の上昇と機械化による生産効率の向上は、この変化に拍車をかけることになります。資本主義のルールに従えば、製品の競争力を維持するためには当然の流れです。

やがて形のあるものの生産は、より製造コストの安い国へ、より安価な労働力の確保できる国へと移っていきます。これも至極当然の流れです。こうして成熟した資本主義国では資本そのものや、新規性のある技術、情報といった形のないものが商品となり、富をもたらすようになっていきます。

形のない製品、商品によって得られる富が国富の中に占める割合が大きくなれば、それまで製造業が抱えてきた雇用の多くは失われることになります。富と労働の分離が始まるのです。

しかし、これも成熟した資本主義の社会ではいずれ起こる現象で、なにも日本に限ったことではありません。英国しかり、フランスしかり、ドイツでもアメリカでも同様の傾向は現れています。

それでも、社会サービスや治安の維持、社会教育や福祉といった仕事は一定の人手を必要とし続けます。貧富の格差による治安の悪化は治安維持要員(公務員・民間を問わず)の増員を促すでしょうし、何よりも、先進国共通の現象である社会の高齢化は社会サービスや福祉の分野での雇用増加を促すはずです。

ただし、ここには二つ問題があります。

一つには、サービス業とは、そのサービスの提供を求める人がいるところでしか成立しない、ということです。つまり人が集まっているところ、一定以上の人口のあるところでしか成立しない、云い変えれば、都市部でしか雇用が発生しない、ということになります。

もう一つの問題は、こうした産業はそれ自体が富を増やすものではない、ということです。福祉サービスを求める人の多くは、老人や社会的な弱者です。リタイア後に年金と貯えの切り崩しで生活している老人たちを顧客とするビジネスでは、顧客側の収入が増える見込みがない以上、提供するサービスを増やしても、顧客に支払い能力の向上を期待することはできません。顧客が払ってくれる報酬の増加が期待できない以上、従事する労働者の所得の向上も期待できません。

海外の市場をも対象として投資する資本を持っている人、新規技術や情報、IT技術を駆使したシステムや、web上で世界中のユーザーに販売できるコンテンツ、そうした形のない商品を扱う人たちとの間の収入の格差は広がるばかりということになります。

格差の拡大は健全な中間層の減少を促します。このことの深刻な社会的意味は別に改めて考えたいと思います。また、多くの国民の実質所得が減少するということは、消費者の購買力が低下するということであり、国内市場が痩せていくということを意味します。人口の減少はこれに拍車をかけることになります。

しかし、これも日本だけに起こっている現象ではありません。成熟した資本主義の国家ではどこでも起こる現象です。ただ、急速な少子高齢化と極端な人口の偏在はこの国において特に顕著な現実であり、これまで述べてきたような成熟期に入った資本主義社会の必然的な問題点への対策を、より困難なものにしています。

市場の縮小、個人消費の低迷、福祉を含む社会サービスのためのコストの急速な増大。これらは総て、今日の豊かさと安定した社会を将来にわたって維持いこうとするなら、重い足枷となるでしょう。

その上、ほとんど単一民族国家であるというこの国の特性があります。アメリカは大量の移民を受け入れることで、成熟した資本主義国家でありながら、国内経済、国内市場を拡大し続けています。西欧諸国も旧植民地や中東からの移民を受け入れることで、低コストの労働力を確保してきました。しかし、1500年の間ほとんど単一民族国家を維持してきた日本にとって、大量の移民に門戸を開くことは劇薬です。急激は社会の変化を覚悟しなければなりません。

フランスは国家プロジェクトとして少子化対策に取り組み、20年以上かけてついに人口減少を食い止め、増加に転じることに成功しました。

日本ではすでに何代も前の内閣から少子化対策担当大臣をおいていますが、具体的に何が実現したというのでしょう?

こうした問題について、日本の条件に適した処方箋はどこにあるのでしょうか?