小さな変化に気づく人がいる。
それを見逃さない人がいる。
そして、
その声を信じる人がいる。
医療は、
一人ではできない。
だから今日も、
チームで一人の人生を支えている。
その手に、ぬくもりを
昼下がりのSnow Man総合病院、リハビリテーション室。
窓からは柔らかな陽光が差し込み、平行棒で歩行訓練をする音や、理学療法士たちの快活な声が響いている。
その一角で、リハビリ病棟のベテラン看護師と向井康二(こーじ)が、タブレットを囲んで頭を突き合わせていた。
看護師:
「向井先生、Aさんの歩行訓練なんですけど、なかなか進まなくて……。ご本人も意欲が落ちているみたいですし、なんだか最近、左側の空間無視が強くなっているような『気がする』んです。」
看護師の言葉に、こーじは「……んー、なるほどな」と小さく頷き、タブレットの画面をスッとスワイプした。そこに映し出されたのは、Aさんの術後のMRI画像。
こーじの瞳が、一瞬で鋭くなる。
それは、かつて数ミリの血管を繋いでいた「脳外科医」の目だ。
こーじ:
「……あー、やっぱりな。ここ見て。右の頭頂葉、ここの浮腫(むくみ)がまだ完全には引いてへんねん。だからどうしても、左側の注意障害が出やすい時期なんよ。」
こーじは画像を拡大し、神経の通り道をなぞるように指で示した。
こーじ:
「でも安心して。ここの神経のメインストリートは生きてる。画像を見る限り、リハビリで回復する余地は十分にあるから。……今は無理に歩かせようとして、できない自分に絶望させる時期やない。焦らんでええよ。歩行訓練は一旦お休み。
無理にやらせて失敗体験を増やすより、今は成功体験を積ませる時期や。まずは車椅子に座って、患者さんの好きな話でもして、脳の活性化を優先しよか。」
さらさらと専門的な根拠を提示し、具体的な方針を打ち出すこーじ。
その迷いのない診断に、看護師は思わず感嘆の声を漏らした。
「……すご。さらっと画像から根拠出してきた。……さすが、元脳外科のエース……!」
こーじはタブレットを置くと、いつもの柔らかな表情に戻って看護師を見つめた。
こーじ:
「でもな、俺が言うた画像の話より、何倍も大事なんは、ナースさんがさっき言うてくれた『気がする』っていう感覚やねん。」
彼女が不思議そうに首を傾げると、こーじは言葉を継いだ。
こーじ:
「俺ら医者は、一日のうちのほんの数分しか患者さんを診られへん。でも、24時間、一番近くで変化を見てるのはナースさんや。現場でずっと寄り添ってる人の『なんか変やな』『いつもと違うな』っていう直感は、時に最新のMRIより正確な診断書になるんよ。……いつも、そんな細かい変化に気づいてくれて、ほんまにおおきにな。」
思いがけない感謝の言葉に、彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。
看護師:
「……いえ。先生がそう言って、私たちの言葉を信じてくれるから、私たちも自信を持ってケアに当たれるんです。」
こーじ:
「よし! 真面目な話は終わり! ……あ、そうや。これ食べる?」
こーじは白衣のポケットから、カラフルな包み紙の飴ちゃんを取り出した。
こーじ:
「売店のおばちゃんから『こーじくん、頑張りや!』って貰った特製飴ちゃん。連勤で疲れとるやろ? 糖分補給しとき。」
看護師:
「あはは、いただきます。……先生、脳外科の頃より、今の方がなんだか楽しそうですね。」
飴を頬張ったナースが、ふと尋ねた。
こーじはリハビリに励む患者さんたちの背中を眺めながら、静かに答えた。
こーじ:
「……そやな。メス持ってた時より、今の方が自分の『手』が温かい気がするんよ。……脳を治すのも大事やけど、その人の『日常』を一緒に作っていく今の仕事、俺は誇りに思ってる。」
こーじはそう言うと、「ほな、リハビリ、一発笑わせてくるわ!」と、カメラを提げて足取り軽くリハビリ室の奥へと向かっていった。
Snow Man総合病院のリハビリ室には、最強のタッグがいる。
元・脳外科医の向井先生が持つ「鋭い知性」と、看護師たちが持つ「現場の直感」。
「画像が全てやない。毎日見ているあなたの目が、一番の診断書や」
論理的な根拠を大切にしながら、それ以上に「人の心」を尊重する。
その両方があるからこそ、この場所では今日も、昨日まで立てなかった人が一歩を踏み出し、名前を呼べなかった人が家族の名を呼ぶ。
「先生、飴ちゃんより、次は美味しいケーキが食べたいなー!」 遠くから飛んできた看護師の冗談に、こーじの声が響き渡る。
「……贅沢言うなー! それは照兄に奢ってもらってや!(笑)」
賑やかなリハビリ室に、今日も希望の光が満ち溢れている。
塚地ナースの「極秘メモ」
「(……ちょっと見て。向井先生、ナースステーションに来るたびに『お疲れ様!』って飴ちゃん配ってるわよ……!! ……。…でも、ただ飴配ってるだけじゃないの。ナースたちの疲れ具合を見て、適切なタイミングでフォローに入ってるの、私見逃さなかったわよ……。……あぁ、こーじ先生。……。……その気遣いの天才っぷりが、この病院のチームワークを支えてるのね……!! 私の心の栄養失調も、その飴ちゃんと優しさでフルチャージして……(昇天))」
ーー次回予告ーー
「もう一度、投げたい。」
その願いを胸に、
リハビリ室の扉を叩いた一人の少年。
けれど、
彼の足を止めているのは
傷ではなく――
恐怖と、痛み。
次回
「一歩の勇気 」
