関西からの緊急事態宣言の要請を政府が先送りにした事には不安を覚える。
自助努力でなんとかなったら勝負の3週間以降に減っているはず。
それが出来なかったから感染爆発が起こり、緊急事態宣言を出すに至ったのではないのだろうか。
今のタイミングで、国民の意識が抑え込みに向いているうちに出さずに、いつ出すのだろう。
これからも、増加する可能性の方が高い。だけど、どこかで歯止めをかけて、減少へ向かわせないと心が折れてしまう。
今は欧米ほどの感染者数ではない。
恐らくはコロナを抑え込む最後の機会は今をもって他にない。(今年は何度もこれだったけど)
ここで踏みとどまれなければ、もう諦めるしかない。
それとも、国民よりも先に政府の心が折れてしまったのだろうか。
(私のような一国民が投げやりになっても、指揮官は死んでもあきらめてはいけない。
戦争で勝ち目がない時は真っ先に諦めて退却とか軍の集結とか作戦変更をお願いしたいのですが、コロナは逃げれないので。)
なぜ絶好のタイミングを逃すのだろう。
年末もそうだった。確かに、人の楽しみを奪えば恨みは買うかもしれない。
ただ、一時の事一時の利一時の享楽で、さらに多くの命や生活を奪うよりはよっぽどいいのではないのか。
感染者も死者も指数関数的に増えようとしている。猶予はもう無い。
被害が広がった状態から現状に戻すよりも、被害が小さいうちに対処する方が遥かに楽なはず。
(費用も少なくて済む。)
危機に対する世論が高まり、尚且つ抑え込みに意識が向ている今は絶好のタイミングと言える。
そもそもは、先月には遅くとも抑え込みにかかるのがベストだった。もっと早い方がよりいいとは言えるけど。
更に言えばgotoをやらければ全国に拡散される事もなかっただろうに。あとは外国人の入国とかも。。。
1日、2日、1週間程度を見るよりも、1ヵ月、半年、1年単位での戦略を考え、絶好の機会があれば戦術を実行していく。
タイミングが重要であり、効果が期待できる今以外にいつやるのだろう。
(感染の広がりに抑えが効かなくなったら、もう誰も抑えようとは考えなくなる。既に結構な数が耐えれなくなってはいるけど。)
先の事を考えれば正常化に向けて、経済的を回復していくにしても年単位で大きな開きが出てくる。
と、私は考えています。
もっとも、何の力もない一国民が何を考えても無意味かもしれない。
ただ、自分の国がずるずると傷口を広げていくのを見ているのは辛いものがある。