
教皇ベネディクト16世は、12月25日12amに、サンピエトロ大聖堂の中央のロッジアから、サンピエトロ広場に集まった人々に、クリスマスメッセージと祝福を述べました。これは、Urbi et Orbi (訳:to the City [of Rome] and to the World/[ローマ]市へそして世界へ)と呼ばれ、古代ローマの時代から伝わる伝統的な形式です。12億のカトリックと、68億の人類に送られるメッセージです。
タイトルの言葉は、順序が逆になりますが、「皆さんクリスマスおめでとう」(イタリア語)という結びの祝辞と「今日、私たちの上に光は輝く、私たちのために主がお生まれになったからです」(ラテン語/ ローマ典礼:クリスマスの早朝ミサのアンティフォナ)という冒頭の祝辞です。
メッセージの後半は各国語によるクリスマスの祝辞が述べられてゆきますが、終わりの方に「クリスマスと新年おめでとうございます」という日本語による祝辞も述べられています。少し長いですが、興味のある方はご覧ください。純粋なローマ典礼ですが、これに先立つクリスマスイヴから続くクリスマスミサは、世界文化遺産の中で行われる、歴史的な祭典で、カトリックに係わらず、世界中から大勢のゲストが訪れます。
このメッセージのなかで教皇は教会の歴史について、それは、厩の飼い葉桶に眠る幼子と、辺りを包む闇の中で、ささやか、ひそやかに始まったと述べています。あたりには、マリアと夫ヨセフと、天使のお告げによって訪れた幾人かの羊飼いがいただけでした。「それは、キリストの愛と、その慎ましさと、その貧しさです」(アドヴェント第3主日〔2009年12月13日〕のアンジェラスの祈りの前の教皇のメッセージ)
このように、最初のクリスマスは暗闇のなかで始まりました。そして、神によって灯された小さな灯が広がって行く様子を「神は限られた光を灯すことを望みます。そこから広く照らすためです。真理は、その内容としての愛は、光を迎え入れるところに灯されます。あたかも、その輝きによって完全に開かれた彼らの心と精神が触れ合うように、同心円のように広がり、その人々が自ら光の源となるのです」と述べています。

L'Adorazione dei pastori : conosciuta anche come la Notte (1529-1530 circa)
è una pala d'altare dipinta dal Correggio ad olio su tavola 256,5 × 188 cm. Gemäldegalerie Alte Meister, Dresden / Antonio Allegri detto il Correggio (Correggio, agosto 1489 - Correggio, 5 marzo 1534)
≪その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである≫【ヨハネ1:9】と証しされた光です。こうして、波紋のように世に広がりながら、今日に至った教会は、迫害、虐待、差別、排除、暴力、貧困、不正、に対して「人間としての分ち合いと誠実のうちに」「最も無防備な人への敬意を表すことを勧告し」「あらゆる人の権利の尊重と対話を呼びかけ」 「全ての男女に、悲惨や苦難、困難に、今も苦しめられていても、希望へと招かれていることを気づかせ」「和解と平和のイースト(パン種/パンの酵母)として」 働くことを宣言しています。
「ひとことで言えば、教会は、迫害、差別、攻撃、そして無視、時には敵意に満ちた無視に曝されても、あらゆる場所で、キリストの福音を述べ伝えます。こうした困難は、むしろ、教会の主であるキリストの予言を、分ち合う力を与えるものなのです」と教皇は静かに確信に満ちて言明しています。
教皇のこの言明には深い意味があると思います。それは、12月13日のアドヴェント第3主日のアンジェラスの祈りの後に、教皇によって告げられた。4名の宣教者Padre Daniel Cizimya, Padre Louis Blondel e Padre Gerry Roche e di Suor Denise Kahambuの死です。彼らは、アフリカのコンゴ民主共和国で12月6日と8日に、南アフリカ共和国で12月6日に、ケニア共和国で12月11日に殺害されました。
この日はちょうど“ Gaudete in Domino semper. Iterum dico:Gaudete !・主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい【Phil 4:4】”で始まるガウデーテ(喜び)の主日だったので、一層悲しく衝撃的でした。
私も教皇と共に“il Signore li accolga nella Sua Casa, consoli quanti ne piangono la scomparsa e porti, con la Sua venuta, riconciliazione e pace.・主が、御自分の家に、彼らを迎え入れ、彼らの喪失を嘆く人々を慰め、そして、主の訪れの日に、和解と安らぎをお与えくださいますように”(アドヴェント第3主日〔2009年12月13日〕のアンジェラスの後の教皇の言葉)と祈りました。
教皇は「彼らは、自らの命の危険のなかで、勇気を持って福音を告げた、福音の忠実な証人でした」(同上)と彼らを称え、哀悼のまことを捧げています。彼らは、信仰と言葉の力だけで、迫害、差別、排除、虐待、暴力、貧困、不正に立ち向かいました。
彼らの死は、武力と暴力と死の勝利でも、福音と慈愛と世を照らすまことの光の敗北を意味するものでもありません。むしろ、その勝利を証しするものだと言えます。というのは、彼らの言葉は彼らが述べ伝えた地に広がり、今、こうして全世界に広がり、多くの人々が、彼らの、武器なき戦いを賞賛し、その勇気を称え、後に続こうとさえするからです。まことに、ベツレヘムの貧しい厩でともされた小さな光が、波紋のように広がってゆくようすを、目前に見る思いです。神の叡智は偉大です。理性の光は全てを隈なく照らします。

