ここに掲載しました【Comme le vent du Moyen Age〈2010/2/6(土) 午前 9:38〉】は書庫≪ciel de Europa≫に移動させました。

より適切と思われる書庫への移動です。よろしくお願いいたします。

ありがとうございました。
ゲストブックにVeneさんから、バレンタインデイとカーニヴァルについてのコメントをいただきました。
http://blogs.yahoo.co.jp/raticani/GUEST/32728285.html
このアーティクルはその返信です。少し長くなり、コメント欄に納めにくいので、画像などを加えてこの書庫に掲載しました。

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Sanctus Valentinus/San Valentinoは3世紀のテルニ の司祭と伝えられる伝説的な聖人で、恋するカップルの守護聖人と伝えられているようです。かっては2月14日は彼の記念日とされていましたが、第2バチカン公会議に伴う1969年の典礼改革によって、史実上確認できないという理由で、典礼暦から省かれています。

聖人でなくなったわけではありませんが、そういう訳で、現在では、特別にゆかりのある教会以外では、宗教上の典礼は行われません。ゆかりの地イタリアのテルニではcomune(コムネ:イタリアには市町村という区別はなく、すべてコムーネと呼ばれる)の守護聖人になっています。私は見たことはありませんが、この日、テルニ聖ヴァレンティーノ教会では盛大な典礼と、コムーネをあげての祝祭が行われるということです。

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イタリアでは、一応、恋人たちが贈り物をする日となっているようですが、これも地域差の激しいイタリアですから、何処でどのようなことが行われているのかはわかりません。ローマ辺りでは、主に男性が、花やアクセサリー等を送ったり、一緒に食事をしたりするようです。しかし、それが伝統的なものなのか、現代のコマーシャリズムがもたらしているものなのかはわかりません。とにかく、日本のような盛り上りはないようですし、女性や子供が、誰彼かまわずチョコレートということはありません。

チョコレートといえば、ペルージャにはBaci(Kisses)という丸い形のチョコレートがあります。一個ずつのパックにBacio(Kiss)と書かれ、中に何ヶ国語かのメッセージが入っていて有名なようです。もう日本でも売っているかもしれませんが、イタリアでは、これがプレゼントに使われているかどうかはわかりません。

バレンタインデイにプレゼントをする風習はヨーロッパ各地にあるようですが、プレゼントするのはほぼ男性側です。 何処でも花、特に赤い薔薇の花は必ず添えられるようです。いずれにしろカップル間の個人的な愛の確認としてのイベントですから、あまり目立つことはないと思います。

例外的にUKでは、ガールフレンドのいない男が、愛のメッセージを書いたヴァレンタインカードに、花束などに添えて、名前を記さず贈る慣習とか、新聞がこの日に設ける特別な広告欄に、相手の名前と愛のメッセージを、贈り主のイニシャルだけで掲載する有料サービスとかがあるようです。

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カーニヴァルは、四旬節の直前に行われる気晴らしの馬鹿騒ぎが習俗化したものだと思います。カトリックに限らずクリスチャニティーの最も重要な祭日として、キリストの復活を祝うPascha(復活の主日/復活祭)があります。そして、復活祭に先立って、46日間に渡るquadragesima(四旬節)と呼ばれるキリストの受難と苦しみを、わが身に受け止め、キリストの受難と犠牲の意味を問い返し、クリスチャンとしての生き方を確認する日々があります。

当然のことながら、祈りと、聖書の読み解き、節制と、助けが必要な者に対する愛と慈しみの実践が求められると思います。食事についても、断食や節食、肉や卵、乳製品の制限などもあります。現在は厳しいことはありませんが、昔は、信徒の義務としてかなり厳しかったようです。そんなことで、辛い四旬節に入る直前にcarne vale(肉よ、さらば)とばかりに大騒ぎをしたとも伝えられています。ドイツではFastnacht(断食の夜)などと呼ぶ地域もあります。教会の方も、認めていたわけではなく、厳しい節制の四旬節を控えて、黙認していたようです。

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カーニヴァルは、Dies Cinerum(灰の水曜日)と呼ばれるquadragesima(四旬節)の始まる日の直前までに終わります。今日2月17日は、灰の水曜日です。すべてのカーニバルは昨日(16日)の日没までに終わりました。これからは、贖罪と節制の辛い四旬節の日々が始まります(嘘です。いろいろと自らを省みるのは、幸せなことだと思います)。

おそらくは、バレンタインデイもカーニバルも、先行する古代からの様々な祝祭を受け継いでいると思います。しかし現在では、そうした宗教的なものも、カトリック的なものも、痕跡を残すのみで消え去り、民俗的な祭典として、観光資源としてのコマーシャリズムの海に漂っているようです。
これは書庫【Noël 2009】の≪Christmas is coming to your home sweet home 【4】≫にいただいたVeneさんのコメントに対する返信です。 
http://blogs.yahoo.co.jp/raticani/32447956.html 
クリスマスとは少し離れた、比較文化や都市文化の話になり、少しばかり長くなったこともありまして、より適切と思われるこの書庫で述べることにしました。

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馬のいる光景はヨーロッパではありふれているかも知れません。古代からの長い馬・馬車社会があって、ようやく、20世紀の半ば頃から、モータバイクや自動車に換わっていったわけですから、まだまだ、馬や馬車は残ってゆくと思います。

そもそも、vehicleという言葉自体が乗り物の代表である馬車を指したようですし、クーペとかリムジンやバスなどの自動車の種類を示す名前も馬車から引き継いでいるようです。この点、馬文化が特定の階級だけのものであり、馬車文化が存在しなかった日本とは著しい対照をなしていると思います。

都市から一歩外に出れば、ヨーロッパはたいそうな田舎が広がっています。そこでは、馬車がゆっくりと走る光景に出会うことでしょう。ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアなどの東ヨーロッパでは、実際、まだ、農業用や産業用に馬車が使われているようです。お祭りのパレードを歩くぐらいならまだしも、動物を労働力として使うのは、もう止めてほしいと思います。

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騎馬警官はパリとかブリュッセルとかどこでも見かけますが、ロンドンは一番多いような気がします。ふと見ると、石畳の上に生産物が湯気を立てていたりします。これが、乾いて春風に巻き上げられたりすると、カントリーパフュームになります。

花粉症のことをヘイフィーヴァーと言いますが、本当のアレルゲンは、こいつじゃないかと思ったりします。あははは!マッシュルームもこの生産物が好きらしいです。それから、東京でも、千代田や港区では騎馬警官を時々見かけました。

ヨーロッパでは戦車も時々見かけます。ヨーロッパは1989年までは冷戦と言う名の戦争状態でした。その後もボスニア、コソボ(1999)で戦争があり、The September 11 attacks(2001年9月11日)のテロ以降はイラク戦争の前哨戦でした。

Veneさんの滞在時期がその頃ならば、NATO軍の活動は活発だったかもしれません。ブリュッセルにはNATOの本部もあります。日本ではどうなのでしょうか?東京で戦車が走るとは思えませんが、沖縄あたりではどうなのでしょうか?

戦車で思い出すのは、敬愛するIngmar Bergman(イングマル ベルィマンorべリマン)のTystnaden(The Silence 1963)という映画の中で、名も知れず、言葉も通じない、旅先の東欧のある街の無人の街路を、突然戦車が走り出すシーンです。不安で不条理でとてつもない異様性を醸し出していました。

東京に来た欧米人が、驚くものはたくさんあると思います。東京駅や新宿の、川のように流れる人の波。ラッシュアワーの駅。地下鉄の迷路のような路線、どこまで行ってもマルクトやプラスのような広場に出会わない迷路のような道。ゴミや犬の糞のない道。ほとんど野放しの屋外広告。

通行人のほとんどがきれいに着飾っていて(特に女性)、質素な身なりの人がいない。ほとんど世界中の食べ物がいたるところにある。屋外の自動販売機やATMの羅列。24時間1年中開いている店。日曜も祭日も開いている繁華街等など驚くべきことだらけだと思います。中でも、一日中ばかげたプログラムを垂れ流しているTVには驚きを隠せないようです。

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ヨーロッパの都市や町は極度に人工化されます。それだからこそ、それを止揚するために自然を取り入れる工夫がなされています。公園や広場、水や風の流れや並木や人家の庭などを含めた生命体としての、美しい都市造りは見事なところがあります。

そういうわけで、極度に人工的なことが、より自然に近づき、自然との和解に繋がっているのだと思います。野うさぎやリス、様々な野鳥などが、郊外や街角の緑地に住んでいるようです。

この点日本人は曖昧です。都市化してしまっているのに、放って置いても自然は保てるなどと考えているのでしょうか?何もしない訳です。なかには何もしないことが自然だなどと考える人さえいます。

しかし、自然は全体として一つの循環系を持つ生命体です。一箇所でもダメージを受けると、循環が止まり、破滅へのスパイラルが始まります。人間が一度足を踏み入れたが最後、注意深く入念なケアをしない限り、自然は荒廃と破壊の坂道を転がり落ちるだけです。

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ヨーロッパの優れた長所は、歴史的に伝えられてきたものをものを次の世代や隣人に伝えようとする明確な意思と情熱だと思います。アムスタダムもアントウェルペンもそんな街だよね。

ドイツの都市などは、第二次世界大戦の爆撃で徹底的に破壊されましたが、その破片をジグソーパズルのように合わせて建物や街並みを復元しています。イタリアは、中世からほとんど変わっていないような街だらけです。ヨーロッパは現在も機能し続けている古代からの巨大な博物館、タイムトンネルだと思います。

ヴェネツィアの街並みも、中世やルネッサンスそのままです。しかしこれは、1000年を越える地盤沈下や侵食、アックア・アルタ(高潮)との闘いの結果として現存するわけで、何が何でも先人から伝えられたものは、伝え続けるという強烈な意思を感じます。

その気の遠くなるような、努力と情熱、投資と忍耐、節制(ヴェネツィアを維持する強烈な意思とそのために投じ続けた巨額の費用と労力、そして合理性や利便性の拒否:例えばヴェネツィアでは、自動車はもちろん自転車も通行禁止です)の姿は、日本や日本人にはないものだと思います。それは日本人とは根本的に異なる世界観、価値観、人間観に由来するものだと思います。

日本だったらコンクリートで固められ、周りの海も埋め立てられて、臨海再開発などと称して、高層ビルの林の中に埋まっていたかもしれないと思ってしまいます。歴史的都市の代表である京都ですら、往時のまま保存されているのは、歴史的な建造物の一角だけで、メインストリートは、場違いで軽薄なビルと車で溢れ返っています。いわば、点としての点々とした保存、保護で、面は置き去りにされています。

ヴェネツィアや中世都市は1000年を越える時とともに、素晴らしいインスピレーションを与えてくれます。それは、都市や人間の生活は目先の合理性や利便性、利益性から発想されてはならないということだと思います。

1000年先の人類が、先人たちの伝えた都市を、喜んで受け入れてくれるように、大地と人間文化の普遍的調和を求めて、存続させることこそ願わしいことではないのでしょうか。それはまた、我々が人として生活し、感性と知性の御恵みの中で、人生の意味や愛や幸せを求め、考え、論じた証しであり、後の世に伝えるのに、ふさわしい言葉ではないかと思います。