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Palestine-Isurael, Gazaの破壊 March 10,2009

8.アダモは第3スタンザで次のように歌っています。
Ne vois-tu pas, humble chapelle,
toi qui murmures "paix sur la terre",
Que les oiseaux cachent de leurs ailes
ces lettres de feu "Danger frontière!"

慎ましやかな礼拝堂よ 見ないのか
"地に平和を"とつぶやく おまえよ
鳥たちがその翼でおおっている
"国境危険"の火の文字を

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UNRWA (The United Nations Relief and Works Agency for Palestine Refugees in the Near East)school, Gaza, january 15,2009

このスタンザは次の聖句を思い起こさせます。

平和をこそ、わたしは語るのに/彼らはただ、戦いを語る。【旧約聖書・詩篇 120:7】

あなたの国境に平和を置き/あなたを最良の麦に飽かせてくださる。【旧約聖書・詩篇 147:14】

彼らは、おとめなるわが民の破滅を/手軽に治療して/平和がないのに「平和、平和」と言う。【旧約聖書・エレミヤ 8:11】

"「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。
見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる。
言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言うときまで、今から後、決してわたしを見ることがない。」" 【新約聖書・マタイ 23:37~39】

すると、火のように赤い別の馬が現れた。その馬に乗っている者には、地上から平和を奪い取って、殺し合いをさせる力が与えられた。また、この者には大きな剣が与えられた。【新約聖書・黙示録 6:4】


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子供に銃を向ける兵士 

9.リリクスは第2スタンザの“coquelicot sur un rocher/(ある1つの)岩の上のコクリコ”に始まり、第9スタンザの同文に返って(第9スタンザ全体は、後に引用しますが、第2スタンザの変形で、全体としての意味は少し違っています)、エンディングの第10スタンザへ繋がってゆきます。

第10スタンザにも  “Requiem pour 6 millions d'âmes qui n'ont pas leur mausolée de marbre/大理石の霊廟(墓)を持たない 600万の魂へのレクイエム”  と岩や石に係わる表現があります。既に、他にも記してきましたが、岩、石は、聖書では、重要な象徴性として、現われています。

"見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる。」モーセは、イスラエルの長老たちの目の前でそのとおりにした。"【出エジプト 17:6】

"主のほかに神はない。神のほかに我らの岩はない。"【2サムエル 22:32】

"主は命の神。わたしの岩をたたえよ。わたしの救いの神をあがめよ。"【詩篇 18:46 (47)】

"どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない/心の思いが御前に置かれますように。主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。"【詩篇 19:14 (15)】

"主よ、あなたを呼び求めます。わたしの岩よ/わたしに対して沈黙しないでください。あなたが黙しておられるなら/わたしは墓に下る者とされてしまいます
嘆き祈るわたしの声を聞いてください。至聖所に向かって手を上げ/あなたに救いを求めて叫びます。
神に逆らう者、悪を行う者と共に/わたしを引いて行かないでください。彼らは仲間に向かって平和を口にしますが/心には悪意を抱いています。"【詩篇 28:1~3】

"そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。"【ヨハネ福  1:42】

"シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。
すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。
わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。
わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」" 【マタイ 16:16~19】

引用した【ヨハネ福  1:42】はアンデレが兄弟のシモンをイエスのところに連れて行って、イエスがシモンをケファと呼んだことを伝えています。ケファ/kêfâとはアラム語(当時、ユダヤ人が使っていた言葉)で石、岩の意味を持ちます。後に聖ペトロと呼ばれる使徒のリーダーを、イエスは〔石、岩〕と名づけたのです。ペトロの名前の変遷をたどれば次のようなものです。

Ben-Yonah(or)Bar-Yonah, Simon(アラム語:ヨハネの子シモンの意)<kêfâ‎(アラム語)<Kēphas(ギリシア語;音訳)<Pétros(ギリシア語;意訳)<Petrus(ラテン語)< Pietro(伊)/Pierre(仏)/Peter(英、独)etc.

kêfâ‎からPetrusを経て現代語までの名前は、すべて石、岩という意味を持ちます。「あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」という不思議な言葉は、ヴァチカンで実現されています。初代教皇ペトロはローマで殉教しましたが、サンピエトロ(聖ペトロ)大聖堂はその墓の上に建てられ、「天の国の鍵」は今日も受け継がれているそうです。それで、「天の国の鍵」がクロスした図像は、ヴァチカン国の紋章になっています。国旗にも描かれています。

イメージ 4イメージ 5ヴァチカンの国旗と国章
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サンピエトロ広場と大聖堂

10.聖書は、また次のように伝えています。

"ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石」という場所で、裁判の席に着かせた。
それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、
彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた"【ヨハネ福 19:13~15】

《「敷石」という場所》の敷石/Gabbathaは、最新のカトリック教会のフランス語訳エルサレム聖書っでは、Dallageと訳されていますが、歴史的には、ほとんどPavéと訳されてきました。Pavé(パヴェ)はより日常的な言葉で、舗石も舗道も意味します。英語に入ってpave(動詞:舗装する)pavement(名詞:舗道)となった言葉です。

Les femmes tombent sous l'orage.
Demain, le sang sera lavé.
La route est faite de courage,
une femme pour un pavé.

女たちは暴風雨に倒れる
明日、血は洗われる
道は勇気で造られる
1人の女が1つの舗石として
      (3番:第8スタンザ)

《le lieu qui est appelé [le Pavé],et en Hébreu Gabbatha/ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石」という場所》 の先はVia Dolorosa(ヴィア ドロローサ)と呼ばれる痛苦と悲しみの道。十字架を負わされたイエスが、血を流しながら、倒れながら、カルワリオ(ゴルゴタ)へ向った道です。今も、聖墳墓教会まで、敷き詰められた舗石の道が続いています。

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"民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。
イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け"【ルカ 23:27~28】

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Via Dolorosa;毎週金曜日フランシスコ会の修道士を先頭に、十字架を担った巡礼たちの行進が行われています。

(つづく)
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〔ヨルダン川 (13)〕

さらに、この第4スタンザは水に関する寓意表現がなされています。パレスチナは乾いた大地です。特に夏の間はほとんど雨が降りません。この土地では、水はまさに命の水なのです。

Le chemin mène à la fontaine.
Tu voudrais bien remplir ton seau.
Arrête-toi, Marie Madeleine:  
pour eux, ton corps ne vaut pas l'eau.
Inch'Allah Inch'Allah Inch'Allah Inch'Allah

この道は泉へと導く
おまえのバケツをいっぱいに満たそうと思っても
お止めなさい マリーマドレーヌよ
彼らにとって、おまえの体は水に値しない
インシャラ ~ ~ ~(神[アラー]が望むならば)

水と言えば、旧約聖書には"あなたを憎む者が飢えているならパンを与えよ。渇いているなら水を飲ませよ"【箴言 25:21】というイエスの教えを先取りする印象深い言葉や、モーセやサムソン等のエピソードが思い浮かびます。

新約聖書では、洗礼者ヨハネが思い浮かびます。イエスが、ヨルダン川で、洗礼者ヨハネから洗礼を受ける印象深い場面も伝えられています。ここでは、インシャラーのリリクスが呼び起こす、クリスチャンなら誰でも思い浮かべるような、興味深い記述を旧約、新約各1つづつ引用しておきます。

旧約聖書からは、アブラハムとイサクで有名なアブラハムに纏わるエピソードです。アブラハムの妻サラは、1子イサクを得ると、エジプト人の女ハガルとアブラハムとの間の子を追放することを、アブラハムに要求します。アブラハムは苦悩しますが、神がハガルたちの加護を約束し、去らせるように告げたので、それに従います。

"アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた。ハガルは立ち去り、ベエル・シェバの荒れ野をさまよった。
革袋の水が無くなると、彼女は子供を一本の灌木の下に寝かせ、
「わたしは子供が死ぬのを見るのは忍びない」と言って、矢の届くほど離れ、子供の方を向いて座り込んだ。彼女は子供の方を向いて座ると、声をあげて泣いた。
神は子供の泣き声を聞かれ、天から神の御使いがハガルに呼びかけて言った。「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。
立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」
神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を満たし、子供に飲ませた。"【創世 21:14~19】

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〔ヤコブの井戸  (14)〕

新約聖書からは、イエスと〈une femme de Samarie/サマリアの女〉との、水に関する有名な聖句を引用しておきます。Samariaは古代イスラエル王国の首都でくあり、ヨルダン川西岸、北部地域の名称ですが、そのフランス語表記〈Samarie/サマリ〉は〈sa-Marie/彼(彼女)のマリ(マリア)〉という意味にもなります。
   
"そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。正午ごろのことである。
サマリアの女が水をくみに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。
弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。
すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際しないからである。
イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」
女は言った。「主よ、あなたはくむ物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。
あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです。」
イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。
しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」
女は言った。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」" 【ヨハネ福 4:6~15】

"見よ、その日が来ればと/主なる神は言われる。わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでもなく/水に渇くことでもなく/主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。"【旧約聖書・アモス 8:11】

"はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」"【新約聖書・マタイ 10:42】
 
"また、わたしに言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。"【新約聖書・黙示録 21:6】

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 (15)
5.[神殿の丘]からのオリ-ヴ山南西側斜面。画面左端、中段より少し上に、小さく天文台のような丸い屋根が見えます。それが[Ecclesia "Dominus Flevit"/The Cry of the Lord or The Lord Wept/主の泣かれた教会]です。教会全体がキリストの涙を象徴する涙の形をしています。というのは、そこは、エルサレムの滅亡を思って、イエスが泣いたとされる場所だからです。ルカ福音書の次のラテン語聖句がドミヌス フレウィト教会のチャペルの壁に刻まれています。

Et ut appropinquavit, videns civitatem flevit super illam
dicens: “ Si cognovisses et tu in hac die, quae ad pacem tibi! Nunc autem abscondita sunt ab oculis tuis.
Quia venient dies in te, et circumdabunt te inimici tui vallo et obsidebunt te et coangustabunt te undique
et ad terram prosternent te et filios tuos, qui in te sunt, et non relinquent in te lapidem super lapidem, eo quod non cognoveris tempus visitationis tuae ”【.Evangelium Secundum lucam 19:41~44】

エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、
言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。
やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、
お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである。」 【ルカ 19:41~44】

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〔主の泣かれた教会 (16)〕

6.画面(15)左寄りの山頂に聳える1番高い鐘楼は[The Russian Monastery of Ascension on the Mount of Olives. Jerusalem/ロシア正教会昇天修道院]です。復活したイエスのアセンシオ(昇天)を記念して、1870年に建てられた、歴史的には新しい修道院です。

近くにはLa Chapelle de L'Ascension(昇天礼拝堂)という古いチャペルが残っています。これは、4世紀にローマ帝国の王妃へレナによって建てられた、広大な教会と修道院の一部だったものです。その後、幾多の戦乱と破壊によって、この礼拝堂だけが残ったそうです。一時はモスクとして使われ、今でもムスリム管理の下にありますが、モスクとしては使用されていません。堂内には、昇天時にキリストの右足が遺した跡と伝えられる石が安置されています。伝承によれば、この場所からキリストは天に昇ったそうです。

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〔La Chapelle de L'Ascension/昇天礼拝堂 (17)〕

アセンシオについて、聖書は次のように伝えています。

"こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。
イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、
言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」"【使徒 1:9~11】

7.昇天修道院のすぐ右に見えるやや低い鐘楼は[ L'Église du Pater Noster /主の祈りの教会]です。キリストがこの地で、弟子たちに祈り方を教えたとされる場所に建てられています。キリストが直接弟子たちに教えた唯一の祈祷文で、今日でも最も重要な祈祷文として各教会で用いられています。回廊の壁は、100を越える言語で書かれた主の祈りのタイルで飾られています。もちろん日本語のそれもあります。

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〔主の祈りの教会内の日本語の祈祷文 (18)〕

だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、/御名が崇められますように。
御国が来ますように。御心が行われますように、/天におけるように地の上にも。
わたしたちに必要な糧を今日与えてください。
わたしたちの負い目を赦してください、/わたしたちも自分に負い目のある人を/赦しましたように。
わたしたちを誘惑に遭わせず、/悪い者から救ってください。』  【マタイ 6:9~13】

(つづく)
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〔[神殿の丘]からのオリ-ヴ山北西斜面(7)〕
麓の聖堂は[La basilique de l'Agonie au jardin de Gethsemani; L'église de toutes les Nations/死の苦しみの聖堂;通称:すべての国民の教会]です。

この一帯はゲッセマネ(Gethsemane/オイル絞り)と呼ばれ、イエスが最後の晩餐の後、すなわち、十字架上の死の前夜、苦しみながら祈りを捧げ、その後イスカリオテのユダの裏切りにより、大祭司一派に捕らえられた場所とされています(前ページ掲載のマンテーニャの祭壇画参照)。イエスがその上で祈ったとされる白い岩は聖堂内に安置されています。

聖堂の庭園[ゲッセマネの園]には、イエスの事跡の証人であるかのように、瘤の塊のような、オリーヴの老巨木が、何本も何本も大切に保存されています。

[すべての国民の教会]という名称は、4世紀から2度にわたって破壊された聖堂の再建時(1924)に、カトリック以外の全世界の人々からも寄付があって、再建されたので、そのように呼ばれるそうですが、マタイ福音書が伝えるキリスト イエスの最後の言葉が思い起こされます。

"だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、/あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる"【マタイ 28:19~20】

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正教会では、ゲッセマネは聖マリアの墓所とされており、画面の外になりますが、左方(北側)に、マリアの霊廟があります。階段を下りた地下の墓所には、大理石の空の棺が置かれています。

正教会の伝承では、聖マリアは、宣教から戻った使徒たちに囲まれて眠りにつきました。聖トマスだけが間に合わず、三日後になってしまいました。戻ったトマスは使徒たちと墓を訪れますが、もうそこにはマリアの姿はありませんでした。やがてマリアは天より現われ、永遠の命に与ったことを告げたそうです。カトリックの教義「被昇天」とはいささか異なります。

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〔マリアの墓のエントランス(9)〕

さて、聖書はゲッセマネで起きた事跡を次のように伝えています(前ページ(1)のマンテーニャの祭壇画参照)。

"それからイエスは、日中は神殿の境内で教え、夜は出て行って「オリーブ畑」と呼ばれる山で過ごされた"【ルカ 21:37 】

"イエスがそこを出て、いつものようにオリーブ山に行かれると、弟子たちも従った"【ルカ 22:39】

"それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。
ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。
そして、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」
少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」"【マタイ 26:36~39】

"「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」"【ルカ 22:42】

"こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。
イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。
それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた"【ヨハネ福 18:1~3】

"イエスを裏切ろうとしていたユダは、「わたしが接吻するのが、その人だ。それを捕まえろ」と、前もって合図を決めていた。
ユダはすぐイエスに近寄り、「先生、こんばんは」と言って接吻した"【マタイ 26:48~49】

"イエスは、「ユダ、あなたは接吻で人の子を裏切るのか」と言われた"【ルカ 22:48】

"そのとき、イエスと一緒にいた者の一人が、手を伸ばして剣を抜き、大祭司の手下に打ちかかって、片方の耳を切り落とした。
そこで、イエスは言われた。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる"【マタイ 26:51~52】

"シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。
イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」"【 ヨハネ福  18:10~11】

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〔Bacio di Giuda(1304-1306);Giotto di Bondone(Vespignano, 1267 – Firenze, 8 gennaio 1337)/ ジョット:ユダの接吻(キリストの捕縛)―前ページ(1)のマンテーニャの祭壇画の次のシーンに当たる(10)〕

4.写真(7)の上方の特徴的な玉ねぎ型の金色の屋根の教会は、ロシア正教会の[Храм Марии Магдалины / Khram Marii Magdaliny/Fr: L'Église Sainte Marie-Madeleine/聖マグダラのマリア教会]です。

リリクスの1番第4スタンザのMarie-Madeleineはマグダラのマリアのフランス語形です。彼女は最後までイエスに付き従い、十字架上の死を見取り、イエスを墓に安置し、その墓を見守り、三日目に復活したイエスが、最初にその姿を現すことになる最愛の弟子です。

彼女は元娼婦であったという言い伝えがあります。しかし、オリッジナルな聖書のどこにもそのような記述はありません。人はそのようなドラマチックなイメージを求めがちです。そうした意識が、別人に対する記載との混同を生み出し、作り上げられた単なるイメージ伝説なのでしょう。

ともかく、聖マグダラのマリアは聖母マリアと共に、最もイエスに近い、最も初期からの聖人で、今も変わらず篤い崇敬を捧げられています。

リリクスのフランス語形Marie-MadeleineやMadeleine Magdalena Maddalena Magdalene Magdalina Magdalen Magdalene Marlene など様々な各国語のヴァージョンのマグダラのマリアが、世界中の女性に付けられています。

イエスの死と復活に係わるマグダラのマリアの事跡は4福音書全てに記載されていますが、ここでは、ヨハネ福音書の伝える姿を引用しておきます。

この部分のラテン語聖句"Noli me tangere(我に触れるな)"は、古来、文学的な、あるいは、美術的な題材とされ有名ですが、今日の改定されたNova Vulgata聖書では、原典(ギリシャ語聖書)により正確に"Iam noli me tenere(今は、私を掴むな)"と修正されています。

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【Noli me tangere(1438-1440);Beato Angelico o Fra'Angelico(Vicchio, 1395 circa – Roma, 18 febbraio 1455)/ノリメタンゲレ;ベアト 或は フラ アンジェリコ(11)】

"マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、
イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。
天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」
こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。
イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。」
イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。
イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」" 【ヨハネ福 20:11~17】

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(つづく)