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La basilica di Santa Maria gloriosa dei Frari(1250~1338):Campo dei Frari,
San Polo,Venezia/栄光の聖マリア‐フラリ聖堂、ヴェネツィア、サンポロ、フラリ広場に建つサンマルコ大聖堂と並び称される大きな聖堂です。
 
サンマルコ司教座大聖堂のビザンティン様式に対して、イタリアンゴシック様式の威容を誇りますが、煉瓦造りの少しばかり地味めな外観に比べて、内陣の荘厳さには圧倒されます。
 
名前のようにAssumptio Beatae Mariae Virginis/被昇天のマリアに捧げられた聖堂で、祭壇画は有名なAssunta di Tiziano(1516-1518)/ティツィアーノの被昇天です。
Tiziano (†; 1576)や天才音楽家Claudio Monteverdi (†; 1643)の墓所としても有名です。
 
 
前ページは、不幸や悲運、病などを負った者に対する、癒しと快復への希望の言葉でした。今日もまた、光を伝えるためにおいでになった方に、聖マリアのおとりなしによって、私たちの痛みや悲しみについてお話して、癒しをお願いします。
 
今日は、新約聖書フィリピ信徒へのパウロの手紙からの言葉です。フィリピとは紀元前4世紀に建てられたギリシャ、マケドニア地方のエーゲ海北端の古代都市ピリッポイのことです。ここは使徒パウロとその愛弟子聖テモテが宣教し、新たな教会、共同体を創設した場所でした。
 
この時、パウロは、ローマで獄中にありましたが、監視の兵士どころか、皇帝の家族に対してまで、熱心に福音を伝え続けていました。こうして、ローマでは、キリストに従う者が、続々と増えていったと伝えられています。
 
この書簡を読むと、聖パウロの、フィリピの人たちに対する、並々ならぬ愛と思いが伝わってきます。私には、かつての鉄の迫害者、回心後の信仰のモンスターとして、近寄りがたく思われた、聖パウロの人間性を、開いてくれた手紙でした。
 
神への愛、人への愛、そして、全ての人を、キリスト イエスの御名によって救おうとする、燃え盛る焔の心に打たれました。こうして、聖パウロは、隣人であり、友であり、偉大なる教師になりました。
 

Gaudete in Domino semper. Iterum dico: Gaudete!
Modestia vestra nota sit omnibus hominibus. Dominus prope.
Nihil solliciti sitis, sed in omnibus oratione
et obsecratione cum gratiarum
actione petitiones vestrae innotescant apud Deum.
Et pax Dei, quae exsuperat omnem sensum,
custodiet corda vestra
et intellegentias vestras in Christo Iesu.
                           【AD PHILIPPENSES EPISTULA SANCTI PAULI APOSTOLI 4:4~7/ピリピ(フィリピ)】
 
主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。
あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。
主はすぐ近くにおられます。
どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて
祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。
そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの
心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。
 
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       Assunta 1518 Tiziano Vecellio: Pieve di Cadore, 1480 - 1485 – Venezia, 27 agosto 1576
 
 音楽クリップは、栄光の聖マリア‐フラリ聖堂とサンマルコ大聖堂で活躍したヴェネツィア派最大の音楽家Claudio Monteverdi(Cremona, 15 maggio 1567 – Venezia, 29 novembre 1643) の〔Vespro della Beata Vergine 1610/聖マリアへの夕べの祈り〕から〔Hymnus:Ave Maris Stella〕です。
 
16c~17c前半にかけてのモンテヴェルディーの時代は、ルネッサンスからバロック様式への移行期でした。音楽はここから大バッハ(1685~1750)の方に向かうわけですが、いつも聞いていただいている、中世やルネッサンス音楽に比べると新しいですね。でも、私はなぜか、古風なものが好きなんですよね。
 
 
Ave Maris Stella
 
Ave maris stella,
Dei mater alma
Atque semper virgo
Felix caeli porta
 
Sumens illud ave
Gabrielis ore
Funda nos in pace
Mutans Evae nomen
 
Solve vincla reis
Profer lumen caecis
Mala nostra pelle
Bona cuncta posce
 
Monstra te esse matrem
Sumat per te preces
Qui pro nobis natus
Tulit esse tuus
 
Virgo singularis
Inter omnes mitis
Nos culpis solutos
Mites fac et castos
 
Vitam praesta puram
Iter para tutum
Ut videntes Jesum
Semper collaetemur
 
Sit laus Deo Patri
Summo Christo decus
Spiritui sancto
Tribus honor unus Amen 
 
めでたし 海の星なる君、
幸いなる天の門、
至高なる主の
とこしえに処女なる御母。
 
ああ はるかなる過ぎし日に、
天使ガブリエルののたまいし、
エヴァの名転ぜしアヴェにより、
下界に平和を建て給いぬ。
 
砕き給え 捕われ人の足かせを、
注ぎ給え 光を盲いたる眼に、
われらのすべての病を追い払い、
あらゆる至福を懇願し給え。
 
示し給え 御身が母なるを、
捧げ給え 彼にわれらの嘆息を、
御身を軽んずることなく
われらのために人となり給いし彼に。
 
すべての処女の中の処女よ、
導き給え われらを御身のかくれ家に、
やさしき者達の中の最もやさしき者、
われらを純潔にしてやさしき者となし給え。
 
助け給え われらのか弱き努力を、
われらなお旅路にある故に。
至高なる天において 御身とイエズスとともに
われらが永遠に喜ぶその日まで。
 
全能の聖三位、聖父(ちち)、
聖子(こ)、
聖霊に、
唯一にして同一の光栄あらんことを。  アーメン
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前回は、Sept.11の追悼の日に当たり、黙祷を捧げさせていだきました。
ここからは、また、最初に掲載した祈りのソネットを作るにあたって、
心をよぎった言葉や思いについて、触れてみたいと思います。
 
前々ページは、聖ヨハネの伝える、イエスが語った命の言葉でした。私は、学生の頃、存在や時間や永遠について考えていましたが、ある時、あの言葉がひらめいて、ああそうだったのかと思いました。「永遠とは命だ」ということが分かった瞬間でした。
 
 
Dixit ei Iesus: “ Ego sum resurrectio et vita.
Qui credit in me, etsi mortuus fuerit, vivet; 
【Evangelium secundum Ioannem 11:25/ヨハネ福】
 
イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。
 
 
それまで、私の命のなかで、永遠は、死の影に隠されていました。あの時、エピファニアが訪れ、ヴェールを取り去り(reveal>revelation)、全てを明かしてくれたのです。
 
ずっと昔から知っていた言葉なのに、見えていなかったのです。被創造物にとって、命が永遠なのではなく、永遠と言うものは命のなかにしかないということです。それは、神が与えた命であり、イエスが私たちに与えた全てであり、私たちひとりひとりに与えられた命のことです。
 
死によって、命は滅びるのでしょうか?いいえ、私たちが、キリストを信じ、命のなかに永遠の炎を見る限り、それは、永遠に燃え続け、滅びに至ることはないのです。
 
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今日の言葉は、マタイ福音書によるイエス自身の言葉と、ヤコブの手紙による、癒しの言葉です。ギリシャ語(新約)聖書には、3人の著名なヤコブがいます。使徒ヤコブ(大ヤコブ)、キリストの兄弟の公正のヤコブ(義人ヤコブ)、アルファイの子で福音書の聖マタイの兄弟の小ヤコブです。
 
この手紙の著者は、伝統的に義人ヤコブに擬せられてきましたが、小ヤコブ説もあり、いずれをも否定する説もあります。年代的に大ヤコブではないことは確かなようですが、その実は不明と言わなければならないでしょう。
 
 
Venite ad me, omnes, qui laboratis et onerati estis,
et ego reficiam vos.【Evangelium secundum Matthaeum 11:28/マタイ】
 
疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。
 
Et oratio fidei salvabit infirmum, et allevabit eum Dominus;
et si peccata operatus fuerit, dimittentur ei. 【Epistula Iacobi 5:15/ヤコブ】
 
信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせてくださいます。その人が罪を犯したのであれば、主が赦してくださいます
 
 


Alma Redemptoris Mater, quae pervia caeli
Porta manes, et stella maris, succurre cadenti,
Surgere qui curat, populo: tu quae genuisti,
Natura mirante, tuum sanctum Genitorem
Virgo prius ac posterius, Gabrielis ab ore
Sumens illud Ave, peccatorum miserere.
 
救い主を育てた母、あなたは開かれた天の門、
光り輝く海の星、
倒れる者に走り寄り、力づけてくださる方。
すべてのものがたたえる中で、造り主を生んだ方。
ガブリエルからことばを受けたとわの乙女よ、
罪深いわれらのために祈りたまえ。
 
 

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L'arc-en-ciel 1883 ; Jules Aldolphe Aimé Louis Breton, né à Courrières (Pas-de-Calais) le 1er mai 1827 et mort à Paris le 5 juillet 1906, est un peintre et poète français.
 
 
Tribute:The 9th anniversary of the September 11th terrorist attacks.
 
Nine years ago 2,973 innocent victims were killed at Ground Zero
in New York City, Pennsylvania and the Pentagon.
 
They read the names of the dead at Ground Zero
while bells rang across New York City to remember the tragedy. 
WE REMEMBER YOU ALL IN OUR PRAYERS.
 
TO THEIR MEMORIES,  I bow my head in silent tribute
 
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あれから9年、またこの日がやってまいりました。世界はますます闇の方へ傾いているように見えます。
 
光を求めない人がいるのだろうか?それなのになぜ、闇をさまよわなければならないのでしょうか?
 
私たちが、少しだけ、寛容になれたら、思いやる心を持てたら、やさしくなれたら、そして、愛を信じることができたらと思います。