The first week of Advent
 
 
 
San Francisco Javier(Xavier)〔7 de abril de 1506, Castillo de los Jaso
(Navarra)~ 3 de diciembre de 1552,Sanchón China〕
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本日12月3日は聖フランシスコ ザビエルの祝日(name day/霊名日)です。スペインのバスク地方で生まれたザビエルは、聖イグナチオ デ ロヨラらと、パリ、モンマルトルで、イエズス会を創設しました。それは、1534年8月15日のことでした。
 
その後、ポルトガルから、アフリカのモザンビーク、インドのゴア、マラッカなどで宣教し、日本までやって来ました。鹿児島に上陸したその日は、奇しくも、1549年の8月15日でした。
 
8月15日、この日はカトリックなら忘れることのない日です。Assumptio Beatae Mariae Virginis/聖マリアの被昇天の祭日です。この世の務めを全て果たされた聖マリアが、そのままのお姿で天に上げられた日なのです。
 
このような訳で、マリア様は日本の守護聖人になられました。
 フランシスコ ザビエルは、この日から2年3ヶ月、日本各地で、福音を伝え、多くの人々を、使徒に連なる者として導きました。
 
ザビエルは日本人の資質を極めて高く評価していたようです。まことに主に望まれるような人々、クリスチャンとして相応しい人々と見ていたと言っても過言ではありません。
 
その後、インドへ戻り、中国へ向かいます。1552年9月上川島に到着しますが、この地で病を得て、12月3日に神に召されました。神と人々への愛に捧げられた46年の地上での生涯でした。
 
1622年3月12日、教皇グレゴリウス15世によって列聖され、聖フランシスコ ザビエルとして、彼自身も日本の守護聖人になりました。
 
16世紀の終わりから、17世紀の初めまで、日本は、今も、ヨーロッパで語り伝えられるミゲル・ミノエス、ペトロ・カスイ・岐部 、のようなヨーロッパで哲学、神学を修めた秀才や、細川ガラシャ、高山右近のような、信仰の鏡と賞される多くの巨人たちを生んでいるのです。
 
こうした日本人と接し、或は彼らの信仰を伝え聞いたヨーロッパの人々は、賞賛を惜しまなかったようです。今も各地に、聖堂の壁画として、或はオペラや物語として伝えられています。
 
いつの日か、そんな話も出来ればよいなと思っていますが、こうした交流の遺産なのでしょうが、スペインには、ハポン(日本)姓の人が数万人いて、彼らは支倉常長一行の子孫と称しています。支倉使節団は総勢180余人といわれ、5年以上も滞在したわけですから、帰らずに、その地に根付いた人がいても不思議ではありません。
 
それにしても不思議なことがあるものです。F.ザビエルと最もゆかりの深かった地、山口の教会にルイス・フォンテスというスペイン出身の神父がおります。1958年にアメリカ経由で来日され、'68年に日本国籍を取られ泉類治(いずみ・るいじ)と名乗っているそうです。
 
この方は、ザビエルの著書に魅せられて、導かれるように日本を目指したそうです。その後、'98年、来日40周年のお祝いに、故郷に帰った際に、親類と家系図をたどると、聖フランシスコの兄ミゲルの15代目の子孫だったそうです。
 
それまで全く、知らなかったそうで、「神様が導いてくれた運命だと感じた」そうです。泉類治神父様、神さまがもうよいと仰られるまで、光を伝えてくださいね。いつまでも、お健やかに。
 
vos autem Dominus abundare et superabundare faciat caritate in invicem et in omnes, quemadmodum et nos in vos;
ad confirmanda corda vestra sine querela in sanctitate ante Deum et Patrem nostrum, in adventu Domini nostri Iesu cum omnibus sanctis eius. Amen.
            
【ad Thessalonicenses Epistula I Sancti Pauli Apostoli 3:12~13】
 
どうか、主があなたがたを、お互いの愛とすべての人への愛とで、豊かに満ちあふれさせてくださいますように、わたしたちがあなたがたを愛しているように。
そして、わたしたちの主イエスが、御自身に属するすべての聖なる者たちと共に来られるとき、あなたがたの心を強め、わたしたちの父である神の御前で、聖なる、非のうちどころのない者としてくださるように、アーメン                                                                           
【1テサロニケ 3:12~13】
 

本日11月28日はAdventus/待降節-第1主日でした。教会暦では新しい年を迎えます。それは、キリスト イエスの降誕に感謝し、記憶を新たにするための祝祭(クリスマス)への準備の日々です。そしてその再臨への希望を新たにする日々だとも思います。
 
カトリック教会や家庭では、Corona Adventus/Advent Wreathの最初のキャンドルに火を灯します。
 
今日灯された火は、最初のクリスマス、即ちキリストの生誕の日に、ベツレヘムのあの厩に灯された小さな火が、光と愛を伝えようとする人々の手によって、連綿と時空を超えて、伝えられてきたものだと思います。
 
このシーズンが、皆様にとって、美しく、愛とやすらぎに満ちた日々であることを祈ります。すべての人と、すべての生命に、神の祝福と導きあらんことを。
 
 
 
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす」
 
芭蕉の名文ではありませんが、もう今年も終わりに近付き、オランダではシンタクラースことSint Nicolaas(聖ニコラウス)様がやって来る季節になりました。
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彼は、本日11月14日(日曜日)に、例年通り、スペインから、 大船団を率いてやって来ます。大勢のZwarte Piet(黒いピート)と一緒に。
 
↓シンタクラースのお話は、この直前とその前のアーティクルをご覧ください。
http://blogs.yahoo.co.jp/raticani/32414689.html
http://blogs.yahoo.co.jp/raticani/32447956.html
 
子供たちは、もう一ヶ月も前から、今か今かと待ち望んでいるようです。ネットでも到着までのカウントダウンをしています。
 
今年もまた、12月6日まで、国中が聖ニコラウス様のパレードと人々の熱狂に包まれます。

オランダは、日本の国土の11%弱の41,526km²、人口は日本の13%ほどの16,592000人の小さな国です。しかし、2008年度の1人あたりGDPは日本のそれ(34,115ドル)よりも18.5%も多い40,431ドルです。
 
もちろん経済的な指標が、直ちに、その社会の幸福度を表すとは思っていません。しかし、国民の幸福について考えるならば、少なくとも、それを築くための原資を造りだす能力が、日本よりも優れていることを示しています。
 
また、この国の福祉や医療や労働環境などの社会制度をちらりと見ても、日本のそれよりも優れていると言わざるを得ません。そこには、社会構築の原理として、人間を幸せにする社会は、どうしたら構築してゆくことができるかという哲学的な探求と、人間の尊厳と幸福のための実践が、考察され伝えられている社会があります。
 
他方、日本の制度を見ると、いかにも継ぎはぎだらけで、こうした原理の探求が行われているようには思えません。言わば、いやいやながらしょうがなしに、間に合わせに造ったようにしか見えません。
 
だから、年金や介護保険などのセフティーネットの実践に当たっても、様々な欠陥や障害にみまわれ、機能不全に陥ります。しかし、それを乗り越える原理もコンセプトも方法論も持ちませんから、乗り越えようもありません。また、継ぎはぎパッチを貼るしかありません。こうして、永久に時は失われてゆくように思います。
 
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ところで、シンタクラース祭の全国土を巻き込む熱狂は、社会の基層部分から発する、国民的合意の理念によって、支えられているいるように思います。その理念とは、愛です。
 
恐らく、この祭典は、一年も前から周到に組織的に準備されたものだと思います。そして、それを可能にしているのは、1人1人の市民の思いの、草の根としての結束だと思います。さもなければ、オランダ中の都市に、シンタクラースが到着するのも、その後の20日以上に渡る、シンタクラースの連日の大パレードも、実現は不可能だと思います。
 
こうして、国中が、いわばディズニーワールドのような、イヴェントの舞台と化するわけですが、全てが、子供たちのためなのです。子供たちは、こうしたアミューズメントを楽しみながら、聖ニコラウスの故事を通して、将来の市民として、様々なことを学び、考えるのだと思います。
 
どんなにコストを払っても、人間社会にとって、必要であり、変革の原理となる愛という理念は、伝えるぞという強烈な意思を思います。私はここに、オランダの若さと、底知れぬ強さを見ます。
 
恐らく、日本社会に欠けているものはこれだと思います。国民も政治も行政もこのことに気がつかなければ、この先も、失われたウン十年の歳月だけが流れ続け、デススパイラルのフリーフォールが待っているだけだと思います。日本社会の悲劇は、本当に大切なものに思いが及ばなかったことです。
 
オランダ語の正式名称der Nederlandenもhet Nederlandも低地、低い国を意味し、国土の25%は海面より低いですし、これと言った資源もありません。気候も厳しく、冬の季節は、夕方と夜しかありません。しかも、雨ばかり降ります。日本より、遥かに恵まれない国ですが、社会にとって大切な灯を灯し続け、伝え続ける強い意思により、たとえ日本が滅亡しても、繁栄を続けることでしょう。