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今日12月19日は待降節第4主日です。あっと言う間に、アドヴェント シーズンも最後の主日になってしまいました。AdventskranzあるいはAdvent wreathの4つのキャンドルには、キリストが運んだ愛と、救いの光が灯りました。
 
あとは、クリスマスを待つばかりですが、毎年、この頃になると、アドヴェントが名残惜しくなります。というのは、まだ、キリストをお迎えする準備ができていない私に対する悔恨の思いが、暗く寒くどんよりした北国の冬空に重なって、重くのしかかって来るからです。
 
しかし他方、こんなグズグズの私だからこそ、神が必要であり、そのことは、神さまも良くご存知でいらっしゃるから、見捨てるはずはないと、信じて疑わず、こうした、神の愛とみ恵みによって、神さまは生かしてくださっているのだなと思っています。本当にありがたいことです。
 
                         
Ideo ingrediens mundum dicit:“ Hostiam et oblationem noluisti,
corpus autem aptasti mihi;
holocautomata et sacrificia pro peccato non tibi placuerunt.
Tunc dixi: Ecce venio, in capitulo libri scriptum est de me,
ut faciam, Deus, voluntatem tuam ”
. 【Epistula ad Hebraeos 10:5~7】
 
Superius dicens: “ Hostias et oblationes et holocautomata et sacrificia pro peccato noluisti, nec placuerunt tibi ”, quae secundum legem
offeruntur,
tunc dixit: “ Ecce venio, ut faciam voluntatem tuam ”. Aufert primum,
ut secundum statuat;
in qua voluntate sanctificati sumus per oblationem corporis Christi Iesu in semel.                                      
【Epistula ad Hebraeos 10:8~10】
 
それで、キリストは世に来られたときに、次のように言われたのです。「あなたは、いけにえや献げ物を望まず、/むしろ、わたしのために/体を備えてくださいました。 
あなたは、焼き尽くす献げ物や/罪を贖うためのいけにえを好まれませんでした。 
そこで、わたしは言いました。『御覧ください。わたしは来ました。聖書の巻物にわたしについて書いてあるとおり、/神よ、御心を行うために。』」 【ヘブライ 10:5~7】
 
ここで、まず、「あなたはいけにえ、献げ物、焼き尽くす献げ物、罪を贖うためのいけにえ、つまり律法に従って献げられるものを望みもせず、好まれもしなかった」と言われ、 
次いで、「御覧ください。わたしは来ました。御心を行うために」と言われています。第二のものを立てるために、最初のものを廃止されるのです。 
この御心に基づいて、ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、わたしたちは聖なる者とされたのです。               
【ヘブライ 10:8~10】
 
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Et factum est, ut audivit salutationem Mariae Elisabeth, exsultavit infans in utero eius, et repleta est Spiritu Sancto Elisabeth
et exclamavit voce magna et dixit: “ Benedicta tu inter mulieres, et benedictus fructus ventris tui.
Et unde hoc mihi, ut veniat mater Domini mei ad me?
Ecce enim ut facta est vox salutationis tuae in auribus meis, exsultavit in gaudio infans in utero
           【Evangelium secundum Lucam 1:41~44】
 
マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、 
声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。 
わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。 
あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。                                 
【ルカ 1:41~44】
 
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受胎告知を受けたマリアが、従姉のエリサベトを訪問した時の、マリアとエリサベトの会話です。この時エリサベトも大天使ガブリエルから受胎告知を受けていました。
 
やがて、生まれたその人こそ、イザヤが予言した[荒野で叫ぶ者」洗礼者ヨハネでした。洗礼者ヨハネは、イエスに先立ってその道を整え、光について証をし、ヨルダン川でイエスに洗礼を施すことになります。
今日18日は、O Adonaiが、O Antiphonaとしてvespera(夕の祈り)で歌われます。
 
ヘブライ語の神聖4文字[יהוה(ラテン文字化: YHWH)]は、ヘブライでは神聖不可侵とされ発音されませんでした。音読の時は[אֲדֹנָי / Adonai / アドナイ]と読み替えられました。「我が主」を意味します。新共同訳聖書では、「主」と訳されているようです。
 
 
O Adonai, et Dux domus Israel, qui Moysi in igne flammae rubi
apparuisti,et ei in Sina legem dedisti: veni ad redimendum nos
in brachio extento.
 
おお、イスラエルの指導者である主よ、あなたはやぶの火の中でモーセに現れ、シナイでおきてをお与えになった。力をふるい、わたしたちをあがないに来てください。
 
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Apparuitque ei angelus Domini in flamma ignis de medio rubi; et videbat quod rubus arderet et non combureretur.           【Liber Exodus 3:2】
 
そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。  【出エジプト 3:2】
 
 
皆さんとご家族に、このシーズンの日々が優しい光に満ちたものでありますように。
 
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Attingit ergo a fine usque ad finem fortiter et disponit omnia
suaviter.     【Liber Sapientiae 8:1】
 
知恵は地の果てから果てまでその力を及ぼし、慈しみ深くすべてをつかさどる。         【知恵 8:1】
 
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    イタリアのプレゼピオ(クリスマスを祝うイエスの降誕を再現する飾り)
 
本日17日の日没と共に(伝統的には一日の終わりは日没でしたので、日付が変わり18日ということになります) アドヴェントは最終のステージの7日間に入ります
 
この日から、Liturgia horarum(聖務日課)のvespera(夕の祈り)で歌われるMagnificat(マリアの歌)の初めと終わりにO Antiphona が歌われるようになります。
 
オウ アンティフォナとは旧約聖書の預言に基づく、主イエスキリストの降誕への感謝と、再臨への願いを込めて「来てください」と主へ直接呼びかける讃歌です。
 
7つのantiphonaは、下記のように、すべてOと言う間投詞で始まるのでO Antiphona と呼ばれています。
 
12月17日: O Sapientia (O Wisdom)
12月18日: O Adonai (O Adonai)
12月19日: O Radix Jesse (O Root of Jesse)
12月20日: O Clavis David (O Key of David)
12月21日: O Oriens (O Sunrise)
12月22日: O Rex Gentium (O King of the nations)
12月23日: O Emmanuel (O Emmanuel)
 
Oの次の言葉は、すべてBibleに記されたキリストの尊称であり、属性です。そして、御名の最初の文字を23日から遡って繋ぐと、ERO CRASというラテン語になります。
 
EROはI shall be, I will be, I shall have beenに対応し、CRASはtomorrowに対応します。全体では≪Tomorrow I will be/明日私はいる≫という意味で、私たちの「来てください」という呼びかけに対する、主の答えになっています。
 
   O Sapientia
 
O Sapientia, quae ex ore Altissimi prodiisti,
attingens a fine usque ad finem,
fortiter suaviterque disponens omnia:
veni ad docendum nos viam prudentiae
.
 
おお、すべてを越える神から出た英知よ。
あなたは果てから果てまで、
すべてを力強くやさしく整えられる。
賢明の道を教えに来てください。

 
〔主キリストをすべての預言者は前もって語り、おとめマリアはいつくしみをこめて養い育て、洗礼者ヨハネはその到来を告げ知らせました。キリストはいま、その誕生の神秘を祝う喜びをお与えになり、わたしたちは絶えず目ざめて祈り、賛美しながら主を喜び迎えます〕
 
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