インドなのか、ネパールなのか。
ほんとうに長い年月、僕は船橋でカレーを食べてきた。
ほんとうに食べたのか食べなかったのかもわからないほど昔の話し。
再開発で消えたあのアッサムのカレー。
(お隣のらーめん亭のすべてのメニューをアッサムで注文できるということをこのブログで発信しても誰も信じなかった)
あのカレーを食べたのは40年前だったかもしれない。
そしていろいろ食べ歩いた中、マハラニが一番よかった。
日テレの制作会社で働いていたこうちゃんとマハラニに行ってたしかチーズナンとかなにがし食べて
今ではいい思い出である。
この写真はマハラニ。
ネパールではなくインド人がやっていた店だ。
20年ほど前の写真です。
そして今日はこちらの西船橋のカレーパウダー。
これはネパール産です。
このカレーパウダーだけでカレーができるようになっているのかもしれないのだけれども、
やっぱり手間を加えたいですね。
ヒマラヤハラルフードのスタッフさんもそうしたほうがいいと言っていました。
インドでもネパールでもニンニクと生姜は使いますよね。
これをフードプロフェッサーにかけます。
このGGペーストは冷凍します。
あとはトマトなのだけれども、ネパールのカレーでは欠かせないのです。
日本の生のトマトを使うと酸味が強くなるので僕はこういったイタリア産のトマトを使います。
GGペーストを入れたところです。
この水分は???
そうです!!!
万能スープとして使えないかと作った鶏ガラスープです。
まずはバスマティだけのこういったネパールのポークカレー。
やっぱダメかもね。
日本人は日本のお米が混ざっていないと。
それでカレー用ライスにターメリックをいれて炊いたお米で食べてみました。
やっぱ、こっちのほうが日本人にはあいます。
西船橋のこちらのカレーパウダーは辛いです。
ブロードとカレーパウダーと玉ねぎと豚肉で作ったわけだけれども、辛くてダメでしょ。
自分は辛いのが大丈夫だからこれでいいんですけどね。
そしてこれに生クリームとバターをたっぷりと入れて鳥皮をのぞいた鶏肉で作ればバターチキンになりますよ。
その場合はカレーパウダーよりチキンカレーマサラを使ったほうがいいのかもしれないですが、
ともかくこだわってつくるカレー派ではないのならこういったできあいのマサラを使って、
簡単調理で充分楽しめるのではないでしょうか。
鶏ガラスープを使ったからおいしくできたと思うし、これがカレーパウダーと水だったらいまいちだったかもしれないです。
自分は叱られてしまいそうですが、インド・ネパールのカレーを自宅で作るのなら、こんな感じでいいと思います。
全部既製のものにたよってベースとなるスープだけはなにがしとって作ればそれなりにおいしいカレーになると
思っているのです。
自分はスパイスを調合してカレーを作ったこともあります。
でも自分の舌ではなにがなんだかわからないじゃないですか。
だったらできあいのこういったカレー粉を使ってやったほうが無難です。
なにがどういいのかと言えば、やっぱりコストですよね。
お店で食べるより半額どころか半額の半額くらいの値段でできますから。
今日は「ホモ・ルーデンス」のタイムラインが完成し書き出しも終りました。
明日はDVDに焼きます。
自分は週一で休みをとっていたのに休みがなく疲れをため込んでいます。
明日は次の編集にとりかかりますが、たぶんもう限界でしょう(笑)
土曜日はたぶん蒲田へと向かいます。
朝10時開館の黒湯温泉にいけば僕は元気になれるのです。
温泉をでたら蒲田駅西口の鳥万本店で今度は心のクリーニングをするわけだけれども、
あそこは開店時間10分前に並ばないと鳥万難民になってしまうわけです。
行きたくもない店で飲むしかないという台無しの休日となります。
だから逆算して黒湯温泉を出るわけです。
身体も普通に元気になって気持ちもリフレッシュしてまた週6日で働く・・・
ただそれだけの日々です。
それができているというほど恵まれているわけだけれども、
つぶやきたい気持ちもあります。
ただの働きロボットではないか、なんちゃってね(笑)
明後日に蒲田に行ったとしてもコーヒーローストにまで行くのは見送るかもしれないですね。
黒湯、水風呂、サウナ、電気風呂、いろいろくみあわせてすっかり元気なることを優先するというかね。
明日、ブログのアップがなければネタ切れと思ってください。
日記の最後となりますが、復活の徹夜祭がおわったら爆発するとか書いたけど、
それはものすごく不謹慎だときがつきました。
トランプもネタニヤフも・・・今はお酒を飲んでいるからそのまま書いてしまうけど、「キチガイ」です。
ガザもイランも・・・想像力をはたらかせ、そこで暮らす子供たちのことを思えば、
どれだけの蛮行かということです。
赤ちゃんも子供も大人がまもって大切にしていかないとならない自分ではなにもできない存在ですよね。
そういったものに無差別的に爆弾を落とし命を奪うなどということになんとも思わないトランプやネタニヤフは
残虐な鬼です。
フランシスコ教皇は死のまぎわなでガザの子供たちのことを心配していました。
この復活祭には祝いはないと僕はあらためました。
教皇レオ14世とともにこの暴力、人殺し、神への冒涜が終わるように祈る聖週間であり、
それでも子供たちが殺されるのならカトリック教徒は復活祭を祝うことなく戦争が終わるまで
祈り続けるということだと思います。
これ以上、僕たちの教皇様に苦しみを与えないように祈ります。
明日ブログのアップがなければそれはもうネタ切れということで。
すみません・・・だらだらと書いてしまって。









