12月30日に地元狭山にとどまるということはなかったのではと思った。
いつも船橋市場のマグロ解体ショーからスタートしていた30日である。
今日は船橋を歩くようになり20周年目の記念日である。
あきっぽい僕がよく20年間絶やさよばずに船橋に通ったものだと思う。
それだけ船橋というところはまた行きたくなる魅力があるということである。
ただ船橋の方々も再開発あたりから船橋らしさが失われていったということでは
僕との共通項もあるであろう。
一昨日だったかたまたまxでもう一度らーめん亭のラーメンが食べたいと
いうつぶやきを見た。
25(ニーゴー)ラーメンと呼ばれていた250円のラーメンを出す店だった。
ただ安いだけのラーメンなんて昔はめずらしくもなかった。
25ラーメンはただ安いだけのラーメンではなくとてもおいしかった。
それとサイドメニューやトッピングメニューもとても魅力的で長い間多くの人たち
から愛されていた船橋にしかない店だった。
あのあたりは再開発で全部消えていった。
どれだけなごりおしかったことか。
そんな風に船橋で好きだった店はいろいろ理由はあったけど消えていき、
もう通う店もなくなってしまった。
でもなくなってみるとどれだけ僕が船橋から大きな恩恵を受けていたかがわかるのである。
なんて幸せな20年間だったろうか!!!
あれだけいただいたのだからもう貪欲になることはよいではないかと思うのである。
そして幸運なことに京成大久保の桂香という19年通う中華料理屋さんはまだまだ元気で
19年前に知り合った面々と今も大好きなマスターとの時間を大切におつきあいしている。
そして話しはかわるが、フランシスコ教皇がコロナ感染のときに、
「コロナがおさまっても前の世界はもどってこない」
と言ったことを思っている。
コロナがおさまってコロナ前の世界はもどってくることはなく別の世界に生きていると
いうことを実感している。
コロナ感染がなければ今日の僕は船橋市場にいき黒山のひとだかりをかきわけマグロをゲット
しようとしていたことだろう。
一年間の仕事が終わり羽をのばし、酒を飲み、一年をしめくくっていたことだろう。
でももうそんな祝いの気分などなれない世界に僕は生きているのである。
昨晩、劇団東演「どん底」のタイムラインは完成した。
そして今朝は全体のチェックとタイトルや制作スタッフのテロップをいれた。
できあがったタイムラインをエンコードした。
2時間かかる。
その2時間を利用して川越市場の歳末大売出しに行き石窯パン工房穂の香にパンを買いに行った。
穂の香は弊ブログとしてはおすすめのパン屋さん。
駐車場もお店の前と裏側にもあるのでとめることができる。
ここのパン屋さんは昔ながらのなにか心がぽかぽかとあたたまるようなパンがあったり、昔はなかった今風の本格的なパンを焼いていたりいろいろなパンが買えること。
またテラスや店内のイートインがあってサービスのコーヒーでゆっくりできること。
焼き立てのパンが次々と運ばれてくること。
そんな魅力がある。
Kenkoのバカカメ アホカメラ
誤作動、誤動作につながりやすい設計。
ほら、日付と時間が表示されている。
たぶんそこをいじっていないのになにかの設定をやっているときにこうなってしまうのだろう。
そしてねぼけたような写真しか撮れない。
まるで昭和の使い捨てカメラの写真のようだ。
僕はカメラマン。
だからKenkoのコンデジだけはやめたほうがいいとお伝えします。
今はコンデジの製造がなくニコン、キャノン、リコー、SONYなどちゃんとしたメーカーのコンデジが買えない。
重たく大きなデジタル一眼を食べ歩きに使うのはしんどいし危険だ。
Kenkoのバカ・アホカメラに甘んじているナルナルである。
このピッザ!!
まだ誰も買っていない。
焼き立てみたいね。
これを見てしまったらやっぱ食べたくなります。
コーン、たまねぎ、ベーコン、いろいろな具がたっぷりでマヨネーズもたっぷりといったピッザ。
とここで終わるとすっきりといった感じかもしれないけど、思い出したことがあるので最後に少しだけ。
船橋の野田元総理はB級グルメが好きみたいですね。
僕が行く店にも野田元総理が来られたなど話しをきくことがあります。
そんな野田元総理ですが、総理大臣になる前は吉野家の牛丼が好きでお店で食べていたとどこかできいたか、書かれたものを
読んだ記憶があります。
そして総理になっても牛丼が食べたかったのだけれどもまさか牛丼屋にふらっと行くなんてことを一国の総理大臣となっては
できないと残念に思ったとか。
この間、上智大学とイグナチオ教会とで開催されたフランシスコ教皇来訪5周年記念でミサにあずかったときに
全員にプレゼントされた。
自分はミサがはじまる前に読んだのだけれども面白い話しが書いてあった。
教皇はピッザが大好きで教皇になるまえは気軽に外出しお店でピッザをたべていたそうである。
ところが教皇になるとさすがに気軽にお店に行くなんてことはできなくなった。
インタビューした人が、
「ではテイクアウトすれば」
ときくと
「お店に行って食べるから美味しい」
とおっしゃったようである。
野田元総理が気軽に牛丼が食べれなくなったという話しと似ていて笑った。








