今日は劇団 球「ギフト」の収録最終日。
連日、撮影なり収録は一日に2本だったけど今日はこれ一本のみ。
食事をする時間もなく運転しながらカップスターを食べたというのは昨日のこと。
今日はちゃんと朝昼兼用で「家二郎。
たっぷりの野菜をとることもできた。
そして帰宅も早かった。
22時過ぎの帰宅となった。
26日に劇団俳優座の公演があり俳優座劇場で本年最後の収録となる。
それでこの「お仕事日記」も終る。
麻雀で言えば今日はテンパイですな。
この撮影ラッシュを麻雀にたとえればツモタンヤオドライチってところかな。
とりあえず簡単な役がひとつできてドラがひとつ入っていたって感じで。
リーチをかけなかったのは進展するより保守って感じで。
つまり振り込まないように。
とっても厳しい時代だと思っているし、大きな役はねらわず普通に生活できればいいって感じで。
ドライチっていうのは僕の才能のこと。
平成元年からこの仕事をスタートしほんと頑張ってきたと思うし、つちかったものはドラ一枚くらいはあるかもって
感じで。
さてさて・・・・
土曜日の下北沢は若者たちでにぎわっていた。
下北沢ってごちゃごちゃとしたイメージが強かったけどだんだんとおしゃれでスマートな感じの町にかわってきたなあと
思った。
半世紀前の話しだけれどもうちの母はよく下北沢まで買い物に行っていたという。
ともかくごちゃごちゃとした町だったという。
そして市場があって、そこに安くていいものがあったから買いに行っていたと。
そうだよな。
再開発前には市場あったしね。
そしてたくさんの芝居小屋があるということがなによりも下北沢。
車をとめたところから帰りに撮った写真だけどこんなもんじゃなくて、すごく人が多かった。
あとキックスクーターって言うやつ??
僕が住む狭山ではみたこともないのだけど、あれに乗っている人がちらほらと。
まあ・・・若い人たちのことはよくわからん(笑)
収録が終り三芳PAからかつや川越店へ電話。
食べログを見ると23時まで。
このあいだは23時30分でもやっていたよね。
カツ丼の梅が500円くらいだし一番お得だと思うのだけれども唐揚げも食べたかったのでロースカツ唐揚げ弁当。
三芳PAから川越出口まではすぐだし、川越インターからかつや川越店までもすぐだ。
たしか昨日はこの写真の向こう側のガストでハンバーグ唐揚げ弁当を買ったのだ。
今日は時間もはやかったしかつや。
からなず100円割引券がもらえるから764円だったと思う。
ソースと辛子がつくのだけれども辛子をたっぷりとつけるとうまいね。
唐揚げもそれなりにいい鶏肉をつかっているみたいだし、下味を濃くしなくてもいいみたいだし。
唐揚げの食べ歩きをしてきて、利潤の追求ばっかやってるんやろ?っていうチェーン店は
悪い鶏肉を使って下味を濃くしてごまかしていることが多いネ。
その点、かつやはそれをやってないからまたテイクアウトしようということになる。
今日で7本目の撮影だったけど・・・
トイレに行く時間さえないというハードスケジュール。
こんなことは一度もなかったと思うのだけれども感情がなくなっていく??
働きロボットになってしまったのか、頭ではいろいろ考えつつ撮影しているのだけれども心が死んでしまったようになって
、感情がわかないのだ。
そして明日の17時は所属教会のクリスマスのミサ。
ここまで忙しくしているとクリスマスという気分ではない。
なんか伝わってこない。
明日がクリスマスなのかと。
クリスマスは25日なわけだけど僕にとってのクリスマスは明日なのだ。
そうだよ。
シュトレンを買ったり、クリスマスツリーに飾りをつけたり、パパはケーキを買って帰ってくる??
サンタクロースがプレゼントを??
なんだか働き続けて・・・全然クリスマスって感じじゃない。
でも僕たちキリスト者にとってクリスマスはクリスマス。
僕はミサでいろいろ願い事を祈る。
自分のことはあまり祈らない。
紛争や戦争で苦しむ人たちへの祈り。
教皇様への祈り。
病気と闘っている??・・・病気とともにいる人たちへの祈り。
友人たちへの祈り。
母のことを祈り・・・
天国にいるものへと祈り。
感謝の祈り。
でも自分のことも祈る。
仕事をくださいと。
だから祈りはきかれクリスマスイブに至るこの4日間は撮影ラッシュとなった。
神様からのクリスマスプレゼント。
バカヤロ!! 神様からじゃなくて劇団からいただいた仕事、もっと言えば僕を信頼しいろいろ紹介してくれた人からの
仕事。
昔きいた話しなのだけれどもヨーロッパの人は人からプレゼントをもらうとプレゼントしてくれた人にではなく十字を切って
神に感謝するのはおかしいと。
神じゃなくてプレゼントした人に感謝だろうって。
まあ、いいや。
もう酔っぱらったし、僕はやっぱりよいことはすべて神がなさることと思うし明日は感謝のお祈りをするのだ。
酔っぱらっていうことではなくキリスト教徒の恥さらしと言われてしまうかもしれないのだけれども、
キリストがお産まれになったことを祝うのがクリスマスということはそのとおりと思う。
2000年以上前にベツレヘムの馬小屋でうまれたイエス様を祝うということがクリスマスのすべてではなく、
今も生きていてはたらきかけているイエス様を心の中にお迎えするというのがおそらくは宗派を問わず「クリスマス」
なのだと思う。
歴史上のことを祝うというより、今日、この日に自分の心の中にお産まれになるイエス様をお祝いする日だと。
まあキリスト教の話しはここまでとして。
クリスマスもへったくれもねーなんて人もたくさんいるわけで、明日も深夜までお仕事、明後日もなんていう方も
おられる。
自分はたまたま24日、25日に撮影がないだけだし。
でもクリスマスもへったくれもない人にもよいクリスマスがあるといいっスね。




