中華蕎麦きよしで大盛りを食べたからもうなにも入らない。
はしごは無理。
法典の湯へと急ぐ。
船橋駅に戻る途中、かつての梅もと船橋店があった店舗に行ってみた。
立ち喰い Styleに
船橋 「梅もと 船橋店」'22/9/29閉店 - 立ち喰い Style (goo.ne.jp)
>「テナント募集」とかの貼り紙も無く、物件自体は「ちよだ鮨」が確保し続けているのか??<
とあるのを読み気になっていたのである・・・・・
となるとここにちよだ鮨がオープンということもありえる???
大昔、僕が船橋で働いていた頃、ここは老夫婦で営むラーメン店だった。
その後梅もとになりほんとうに長きにわたり営業されていた。
シャポーもちらっと見てみた。
9のつく日はサービスデーということで唐揚げを買った。
100g229円ととくに安いわけではないけどクイックの日というのにつられてしまった。
特別美味しいと思える唐揚げではなかった・・・・![]()
船橋法典駅。
予想通り中山競馬やってるみたい。
てことは法典の湯も芋洗い状態かも。
遠くに見える法典の湯の二階の駐車場にまで車がとまっている。
まあ、しゃーねえか。
中山ケイバがあるから法典の湯も続いてくれているとも言えなくもないわけで![]()
スマホに万歩計はあるのに僕は昔から万歩計を身につけている。
この時点で14000歩だ。
この日は最終的に27000歩だった。
いやあ~~~ やっぱ休みは温泉だよなあ~~~
この日食べたものを振り返り、湯を出たらどこに行こうかなんてそんなことしか考えずに・・・・・
炭酸泉に寝そべるようにしてつかったり、スチームサウナにも足を延ばして座ったり。
水風呂に入ればあ~~なんて声を出してジジイになっている。
散髪もした。
もう18年間もお世話になっている美容師さん。
最後に鏡を開いてくれてチェックする。
「また薄くなったわ」
と言うと笑っていた。
「またおこしください」
そしてついでだし食堂で生ビール。
いつも座る席が空いていて。
最高だね。
湯を出て船橋駅まで。
軽く飲みたい・・・食べたいという感じだったので駅周辺を歩いていたのだけど、結局、もちいちにおちつく。
もりいちも全品130円と安かったから行っていたのに今は230円。
30年ほど通っているもりいち。
そーいえば「すじこにぎり」って神保町第一号店に30年前あったね。
たまに食べてたわ。
その昔の神保町店は賑わっていた。
10年、20年くらいして神保町第一号店にきいてみたところ、もりいちで一番売り上げがあるのは船橋店なのだという
ことをきいた。
船橋店って店舗は小規模だし神保町より売れているって驚いた。
でも今のもりいちってどうなんだろか?
30年前もともかくしめさば3貫盛りはもりいちの一押しの皿だった。
でもこんな感じになっちゃった。
しゃりも少ないし脂ものっていない小さなしめさばだ。
30年前にはSNSなんてなかったし、だいたいインターネットという用語をきいたことがあったとしても
やっている人間なんてまれだった。
携帯だって持っている人はすくなかったし、ポケベルで連絡したりしてたね(笑)
当時の女子高生はルーズソックスはいててポケベル持ってミスチルきいてた。
あの頃のもりいちってすごすぎたよな。
魚のあらがどっさり入ったあら汁がサービスだったり、店で仕込みをしているから、はぎれみたいなのがたくさんでたみたいで、
皿にどっさりのった「おつまみ」なんかも流れていた。
タコの足とかはまちのはぎれとかともかくどっさりのってたね。
ほんとそれ一皿だけと瓶ビールで会計っていうのでも充分というサービスぶりだった。
神保町店はごったがえしていたよ。
売れまくっていたからどんどんサービスするし、さらに客が殺到する!!
週に2回、3回と行くこともあったネ。
職人さんもたくさんいたし、おそらくはインスピレーションなんだろな・・・・
その日につかいきりというネタを軍艦にしてまわしてくれたりしてたね。
信じられないほどこんもりとネタがのった軍艦巻きだった。
同じくインスピレーションっていうやつだったかもしれないけど、いろいろな3貫盛りも流れていた。
しゃりもでかかったし、ネタもでかかった。
ネタは新鮮だったし、まさかというレベルのものもあったね。
僕は職人さんが寿司をレーンに並べる場所に座ることがあるとレーンに置いてすぐにいいネタを2皿とか3皿とかとった
こともあった(笑)
やっぱ仕入れというか買い付けというか、まぐろならまぐろで仕入れたものにはほんの少し大トロの部分がまじっていたり
するわけだ(笑)
その部分をにぎってレーンに流すということもあって自分はそれって感じでひとりじめしたものだ(笑)
するとそれを見ていた職人さんは僕を見てにやにやと笑っていた。
「こいついいところとったな」
って感じでネ。
30代の僕はもりいちの常連になって「わらわ」というニックネームで呼ばれるようになった。
常連になるとサービスもあってネ。
ものすごく長く勤めていた馬場さんという女性の店員さんがいた。
神保町店の顔といってもいいくらい常連さんたちとのつながりが強い人だった。
馬場さんも僕のことを「わらわさん」と呼んでいたけど10年、20年たつと「わらわ」と呼びつけにした。
それだけ親しみを持ってくれたのだと思う。
あるとき20年、30年となつかしみ馬場さんと一緒に座って話しをしたこともあった。
そのときは馬場さんからいろいろサービスしてもらった。
「わらわ」というニックネームをつけたのは船橋店で店長をされている高橋さんだった。
高橋さんは千葉県から神保町まで通っていたからしんどかったみたいだ。
船橋店に転勤となり店長となったわけだけどほんと近くなってよかったと喜んでいたと神保町第一号店のスタッフさんから
きいたこともある。
馬場さんはとっくに退職したし、船橋店の高橋店長も最近はみかけない。
時代はすぎさったのだなあと思う。
もう神保町店で馬場さんの話しをしたってわかる人はいないだろう・・・・
思い出の中にあるもりいちの話しでしかない。
もりいちで3皿食べて京成線で大久保駅まで。
そうさ、大久保に行くがための休みだったのだから。
18年通う中国料理桂香に。
桂香は「ニーハオ」と言ってお店に入るんだ。
自分も変な顔をしてお店に入るし、マスターも僕を見ると変な顔をする(笑)
自分はにやにやしながら勝手に冷蔵ケースから瓶ビールをとって勝手に栓をぬいて自分が好きなグラスを持ちいつもの奥から
3番目のカウンター席に座るのだ。
入口から2番目のカウンター席は僕よりももっと長く通っているご年配の常連さんの席。
奥から3番目は僕の席なのだ(笑)
一番奥の席はすわりづらいし、4名、5名と来店したときに邪魔になってしまう。
奥から2番目の席も4名、5名とテーブル席に座ったときには邪魔になる。
だから2番目の席に荷物をおいて3番目に座るのだ。
そこが僕の席なのである。
あれえ??・・・・・
桂香の置き看板に灯りが入ってないぞ。
なんか嫌な予感。
置き看板はコンセントが看板にまきついたまま。
そしてすでに営業時間・・・・
あっちゃあ~~
見ての通り・・・貸し切りだ。
店内にはいりきれないお客さんたち・・・
店の外で楽しんでいる。
実は桂香にはよくある風景なのである。
この雑居ビルでもっとも古くから営業しているのが桂香であり、おそらくはここで一番お客さんがついている店だと
思う。
今回の貸し切りだって僕が知っているお客さんはいなかったし、ものすごいファン層がいる中国料理店なのである。
それと桂香はお店での売り上げよりもフェスティバル、イベント、お祭りでの売り上げのほうが大きい。
船橋市からも大きな信頼を受けていていろいろなイベントやフェスティバルに船橋市からお声がかかる。
大きな特設屋台を持っていて、小籠包などが100食、200食とばか売れするという人気なのである。
開店当初からの常連たちがそういったフェスティバルやイベント時には手伝いに行って。
手伝いに行くということも常連たちの喜びにもなっている。
マスターには電話しようかとも思ったのだけど、まあ貸し切りはよくあることなのでご挨拶だけして
大久保駅へと戻った。
この時間・・・僕はお酒を飲んでいて、冗漫な文章となっている。
もうとろーんとした目になっている(笑)
続きは明日の早朝にしよう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これから僕は少しだけ酒をのみつつ編集を続けます。
明日はその編集も終わっているだろうし、地元愛ということで、蔵の湯鶴ヶ島店でひといきついたり、
坂戸あたりで新規開拓・・・ラーメン店めぐりでもしようかなあなんて考えてますよ。
有名な店ではなく普通の町中華なんかでラーメンとチャーハンとかね(笑)
ではでは・・おやすみなさい。
















