野田市での10歳の女の子虐待死事件。
僕はテレビはほとんど見ておらずTBSラジオを
きいているのだけれども、TBSラジオでこの事件に
ついてコメンテーターやニュースキャスターは
コメントにならないというような怒りの感情むきだしのコメントが多かった。
自分も同じだ。
血圧が上がる、ほんとムカムカする。

 

 


夕飯の時に母とこの事件について話しをしていたのだけれども、
ここにかきとめておきたい。


自分はこう思う、これからこうしていかなければならないと
いうオピニオンではなく、ただ母と話したことをそのまま。つまり日記だ。

 

 

TBSラジオで美輪明宏さんがおっしゃっていた。
昔はどこの家も窓をあけて暮らしていた。
窓からはご近隣の生活の音がきこえてきた。
三味線を弾く音。子供たちが遊んでいる音。
今はマンション暮らしで挨拶さえしなかったりと
ご近所との関係が希薄になっている。
そんな話しであった。

 

 


すると母は子供時代のことを話した。
まったく知らないご近所の方が醤油をかしてくださいと
来たことがあったそうだ。
お米をかしてくださいと来た人もいると言う。

逆に母親(僕から見て祖母)はお赤飯を炊いたときなど

ご近隣に持っていったそうである。
昔はそれがあたりまえだった。

 

 

 


僕も母に言った。
秩父に住んでいた頃に肉屋の佐々木さんがこんなことを話していたと。
佐々木さんは言った。
東京ではただムカムカしたからと
人を殺したりする。世の中が狂ってしまった。
秩父はそんなことがないけれどもこの先どうなるかわからない。
味噌だ醤油だとやっていたときのほうが世の中よかった。
秩父でも味噌をかしてください、醤油をかしてくださいとやっていたのだネ。

 

 


そういったご近所つきあいがある社会で野田市のような事件が起こるだろうか?
母は練馬区の関町で暮らしていた頃の話しをした。
我が家の前には野口八百屋があった。


弟はカトリック系のしらゆり幼稚園に通っていた。
野口八百屋さんにはおじいちゃんがまだご健在であり、
弟をかわいがって野山に連れていってくれた。
幼稚園からもどってきて弟がいなくとも母はなんにも
心配していなかったということだ。
そういった世の中だったのだ。
今だったら誘拐されたのではないだろうかと警察に行くのではないだろうか。
野口八百屋のおじいちゃんはうちに断ることもなく
弟を野山に連れていってくれていたのである。
夕方になると弟は喜んで母に言ったという。
おじいちゃんに山に連れていってもらったと。
野口八百屋さんに
僕も呼んでもらったことがあった。
お正月にお餅をついたので食べにきなさいと言われ
野口八百屋さんに行った。
大家族なので大きな家であった。
つきたてのお餅をきなこや大根おろしにからませて食べさせてくれた。

生まれてはじめて食べるつきたてのお餅だった。

温かくて柔らかいと初めて知った。

 

 


僕たちが旅行に行き留守にしていると野口八百屋さんの
おばあちゃんが僕たちの家の庭や駐車場(空いている土地は
駐車場として貸していた)の草をむしってくれていた。

人の家の庭に勝手に入ってきて・・・

今だったらそんな話しになってしまうのではないだろうか。

しかし昭和40年代の練馬区関町はそんな感じでご近所と仲良くやっていたのである。

 

 

 

 

 


>澄んだ目と、信頼や希望に満たされた顔でわたしたちを見つめる
子供たちの笑顔を守るために、わたしたちは何をしているでしょうか?<

 

 

 

 


今月のカレンダーはフランシスコ教皇様とたくさんの子供たちの写真である。