今朝、最近では珍しいタイミングで友達からiMessageが来た。其の内容は、母が亡くなった。これから暫く連絡ができない。とのことだった。私は「マジか。」と一言小声で呟き、返信を滞らせた。



彼女の母親のことはよく聞いていた。というか何故Twitterで出会った名も年齢すらも不明な私に話してくれたのか、分からない。けれどその時彼女が言った、母親が10年近く前から癌に冒されていることや、入退院を繰り返し家に戻って来たら家事に加え母親の面倒も見なければならなくて大変だ。というような内容だったことは鮮明に覚えている。そして何故か私が涙してしまったことも。その時言葉を選び、彼女の負担にならないような当たり障りの無い事を絞り出して綴った。そしてわざわざこの私にさらけ出してくれたことも感謝感謝した。この事は私以外の友達一人にしか言わなかった(しかもやむ終えず)皆は知らないらしい。
そして今朝の件。彼女の心中を察す前に何故か不謹慎ながらも私に直接言った言葉を思い出す。「入院してくれている時の方が楽だから良い」「もし母が死んで泣かなかったらどうしよう」等だ。其れを言われた私はつい、同意をしてしまったことを憶えている。然しながら彼女の立場になれば同意せざるを得ない事を知っていての判断であり、私は間違いではなかったと今でも思っている。
学生時代ハードな運動部のスケジュールをこなしながら学業、家事に追われる日々。毎日朝練の前に4時起きで弁当を作り、洗濯を回し、そんな疲れた中夜遅くに帰宅し、買い物に食事の用意…それに加えて母親が家に居る時は食事を食べさせるなど身の回りの世話までしなければならないのだ。そして彼女の母親の体調が優れず、食事が喉を通らない、突然の吐血で彼女の精神が耐えられないギリギリの状態でかかってきた友人からの電話で号泣し、その友に全容を話したらしい。
其れを聞いても尚、そんな事言っちゃいけない、お母さんを大切にしなきゃ。等を言ってられるのだろうか。否。と声を大にして私は言える。そんな体験をしたことが無いからこそ話を聞いて私の僅かな想像力と感情移入で彼女の気持ちを察する。そしてありきたりな、無責任な、支えると言えば響きが良いような偽善とも言えるような言葉をかけることしかできなかった。自分の無力さを痛感した。

それに彼女はほとんど母親の容態を私には話さなかった。恐らく命の危機は幾度となくあっただろう。彼女の返信が滞った次の日に色々大変だった、と濁して此方がなんとなく察する程度の物しかなかった。
そしてそれはいつ会っても、こんな問題を抱えているような少女には見えなかった。私は其の事を考えずに、気にも留めずにいつも二人の時間を過ごしていた。
そして時々彼女はこんなに幸せで良いのか、などと言う。私は正直この程度で、私が出来る範囲のことで彼女を幸せに出来るのかなどと驚いた。そして彼女ほど幸せになるべき人はいない、と心の底から強く思った。

人の死とは突然である。いつ死ぬか分からないなどと口先で言いながら、実際にそんな事はまだまだ無いと自分の置かれた年齢、健康状態に甘んじている。このような身近な人の大切な存在の死などが無ければ、自分の身の回りや親族の死を考えることが出来ないのだ。其れにもまた腹が立つ。今生きていることに感謝し、死を意識しながら己の人生全うする必要があると強く思った。

今日はこのようなことばかり考えていたためか、授業などは全く身に入らなかった。そして今彼女はどのような気持ちでいるのか、そして彼女の母親はどのような最期を遂げたのか…私には知る由もない。けれど時が過ぎ、私が思うより前に気持ちを整理した上で全てを話してくれる時が来ると勝手に思っている。勝手過ぎるとも感じる。然しこれが私の希望なのだ。




一周この様な事を考えた後私は「了解  ご冥福をお祈りします」とだけ送信した。このような文面を送るのは初めてだ。死の悲しみに耽る暇もなく葬儀の用意や色々な手続きがある事は私でもわかる。出来るだけ感情は入れず、最低限の言葉だけを済ませた。そう、相手の負担にならないように等と言い訳をしてだ。

このような事しか出来ない自分の無力さを痛感する一日だった。何か力になれることなど今の私には何もない。唯、彼女がiMessageを返してくれる事を待つことぐらいしか出来ない。そして今の気持ちをこんな所に書くことしか出来ないのだ。


私はもし、此れで、彼女の負担が減り、心に余裕を持ち、これからを自由に生きれるようになれるならそれで良いと思う。独り暮らしがしたい、自由になりたいといつも言っていた。其れに近づけたなら良いぢゃないか、なんて気持ちが強いのが事実である。誠に不謹慎ながら。重々承知しているから此処でしか話せないのだ。そして彼女の母親もこんなに苦しみ、病と闘い、天に召されたのだから安らかに眠って頂きたい。


一日も早く彼女が自由になれる日を心から願う。