池田晶子『考える人 口伝オラクル西洋哲学史』Ⅲ「処世術」12「ヴィトゲンシュタイン 考えるな、見よ」(6) 「動物」は「言語」を持たないので「未来をイメージする」(「望む」)ことがない!「望む」(※「未来をイメージする」)という現象は、この錯綜した生活形式(※「言語」)の様態なのである!
※ 池田晶子(1960-2007)『考える人 口伝オラクル西洋哲学史』 1998年(1994年初刊、34歳)中公文庫
(18)-7 「動物」は「言語」を持たないので「未来をイメージする」(「望む」)ことがない!「望む」(※「未来をイメージする」)という現象は、この錯綜した生活形式(※「言語」)の様態なのである!
★ヴィトゲンシュタイン『哲学探究』第2部は、次のような断章から始まる。(236-237頁)
☆〈人は、ある動物が怒り、恐れ、悲しみ、喜び、驚いているのを想像することができる。だが望んでいる(※「未来をイメージする」)の(を想像すること)は?(※できない!)ではなぜできないのか。
《感想1》人は、ある動物が「望んでいる」のを想像することはできないとヴィトゲンシュタインは言う。ある動物が「怒り、恐れ、悲しみ、喜び、驚いている」の(「現在の情緒・感情」)を人が想像することはできる。つまり「動物」は「言語」を持たないので「未来をイメージする」(「望む」)ことがないのだと、ヴィトゲンシュタインは言っているのだ。
《感想1-2》「忠犬ハチ公」は主人の帰りを待っていたが、「ハチ公」には「未来のイメージ」(「望む」)があったわけでない。「ハチ公」は「言語」をもたないので「未来をイメージする」(「望む」)ことはない。「ハチ公」は「現在」のうちにだけいるのであって、「現在における生起」(主人の出現という現在の出来事)を待っているだけだ。「ハチ公」は「言語」をもたないので、「現在」のうちだけに生きる。
☆(続)犬は、(※「現在」)自分の主人が戸口にいると信じている。だが、犬は自分の主人が明後日(※「未来」)やってくると信ずることもできるのか。(※できない!)――では《何を》犬はすることができないのか。私はこれをいったいどうするのか。――私はこれに対してどう答えるべきなのか(※「犬」は「言語」を持たないので「未来をイメージする」(「望む」)ことがない!)
☆(続)話すことのできる者だけが、望む(※「未来をイメージする」)ことができるのか。(※そうだ!)一つの言語の適用に通じている者だけが(望むことができるのか)。(※そうだ!)「望む」(※「未来をイメージする」)という現象は、この錯綜した生活形式(※「言語」)の様態なのである。〉(『哲学探究』第2部冒頭)(237頁)