世界は無く、存在するのは怪物のみ。
彼は喜びに打ち震えた。
「もう自分を苦しめる世界はない。これこそが求めていたものだ」と。
しかしそれからふと気づいた。
自分が居ないと。
世界を拒みながらも、その世界が有ることで自分が存在していたことを、世界を壊してから悟ってしまった。
彼の望みは自らの消滅ではなかった。
だからこそ自害という答えを出さなかった。
それなのに、今の彼は自害よりも酷い答えを出してしまった。
自分が確かに存在したという証明すらできない、世界の終わりと自らの消滅。
その時怪物の目という名の線から一粒の涙がこぼれ落ちた。
それは怪物には不釣り合いなほど、澄み切った綺麗なしずく。
自分からこんなに綺麗な物が出るなんて。
「これを誰かに見てもらいたかった…。これを誰かに認めてもらいたかった…。これを…誰かのために流してみたかった…。」
そう思いながら怪物は死んでいった。
死してなお怪物の目からは涙が流れ続けた。
幾度となく、溢れ続けた。
やがて涙は海となり怪物の体をその水面に浮かべた。
怪物の体は崩れ、泥へと変わった。
やがてそこから芽が生え、木となり、森となった。
やがて動物、人も誕生し、新しい世界が生まれた。
その世界では雨が降る。
そのため木々が生い茂り、人々が喉を乾かすことは無い。
誰かのために涙を流す、そう願っていた怪物は今、
世界のために涙を流している。
どこからどう見ても明らかに怪物だ。
これで自我が無く、破壊衝動、殺戮衝動のみ存在していたら完全なる怪物だ。
しかし彼は衝動と共に自我も持ち合わせていた。
悲しいことだ。
衝動のみに従い、怪物らしくいれたならどんなに楽か。
足下の花を踏み潰したいという衝動と、可憐なこの花を愛でたいという感情が同時に存在する。
これはどちら確かなもので、決して気の迷いなどではない。
この苦しみは想像を絶するものだ。
他人には絶対に理解してもらえない究極の矛盾。
それは常に気の休まることなく彼を襲う。
もし彼以外の人がこの矛盾に襲われたとしたら、気が狂って自らの死を選ぶかもしれない。
それが唯一の答えとして。
だが彼はその答えを選ばなかった。
自害以外の彼の答えは、「無」、何もしないことだった。
ただただうずくまる。
矛盾を生み出してしまう世界と自分との接触を拒むように。
ただただうずくまる。
しかしどんなに存在を消そうとも、世界は異質な物を見逃さない。
異質な容姿を持ってしまった性か。
怪物、怪物、怪物。
非難、中傷、暴力の雨あられ。
怪物、怪物、怪物。
同情なんて微塵も有りはしない。
怪物、怪物、怪物。
そんな仕打ちを受けた彼は変わってしまった。
矛盾を破り捨て、衝動があらわになった。
破壊と殺戮。
辺り一面地獄絵図。
狂気の渦が溢れ、世界を包み込み、しばらくして世界は無に帰した。
怪物が居た。
どこからどう見ても明らかに怪物だ。
背丈は人となんら変わりないが、その面持ちは常軌を逸したものだ。
頭、通常髪が生えているはずだが、そこに髪は存在しない。
もはや毛根が有った痕跡すら無い。
まっさらな頭。
耳、通常顔の両脇についているが、そこに有るはずの物が無い。
有るのは穴。
音を拾う気が微塵も感じれないただの穴。
もはや耳という概念を忘れてしまいそうだ。
目、通常2つの眼球が有るはず、しかしそこに有るのは2本の線。
一見すると目を閉じてるようにも見えるが、よく見るとその線の周りには凹凸が一切無い。
眼球が有れば立体的に見えるはずだが、見えるのは平面的なものだ。
まるで紙にペンで線を引いただけ。
開く要素は一切感じられない。
鼻、通常そこに有るはずの鼻が無い。
有るのはこれまた穴のみ。
顔面から突出しようという自己主張が一切感じられない。
ただそこに有るだけの穴。
口、通常上唇と下唇が重なり合って口ができているが、そこに有るのはただの膨らみ。
平らな顔面で唯一存在する丘。
まるで皮膚が腫れているかのようなただの膨らみ。
発声のため、食事のための穴さえも見当たらない。