今回は最後の⑤について書いていきたいと思っています。
⑤大学病院や総合病院のポジションが少ないうえに、業績に基づかないでただの年功序列でポジションが決まって流動性がなく、年功序列で大学職だど公務員の立ち位置で解雇もないので、業績のある若手が入れない。(=現在は団塊の働かない世代が上のポジションを占めている)
日本は高齢化社会、高齢社会を、迎えておりますが、もちろん医師の世界もそうです。
しかも公務員的な旧体質な世界では、流動性はほとんどないです。
欧米は業績でポジションが決まる世界で、ポジションの数は厳格さはないのですが、日本は厳格にポジションの数が決まっていますし、最近は研究費の削減でむしろポジションの数が減ってきています。しかも解雇規制もないし、いったんポジションに入ったらやめもしないし、動くこともないです。公務員的な組織ですので、ほんと能力のない人ばかりが集まりがちなんです。
教授のイエスマンだけでろくに仕事もしませんし、業績もほとんどないです。
私は臨床においては過酷なトレーニングをしていましたし、専門医指導医はもちろん持ってます。
さらに血液学・病理学のトップジャーナルに何本もFirst authorがあり、さらにFirst authorの研究論文だけで10本以上はありますので、医局内の中で私以上の業績の人はいませんでした。
しかし学年が上ってだけで、准教授・講師ですか笑 って感じです。
笑えますよね。教授も私のような若い人が出てきて、いろいろと医局の体制批判をすると、あからさまに嫌そうな態度とってきますし、地方大学医学部ってこんな感じなんだろうなと思います。
すっごい小さなおやまの大将です笑
「今まですごい頑張ってきたでしょ」「このまま大学にいればそのうち上になるよ」と言われても、
今アラフォーの時に教授ならないと意味がないし、年取ってから名誉職みたいな感じで教授になったところで、人生なんにも楽しくないので。
それで辞める決断をしました。
新しい分野で新しい山を目指す。そんな挑戦する人生は過酷な研修病院で頑張ったこと、海外でも挑戦して研究の名誉あるAwardももらったこと、今までにもいろいろ似たようなこともあったじゃない、と自負しています。
両親は古い考えなので、私に血液内科医師として病院で働いてほしかったようです。しかしこれは私の人生。
始まったばかりです。