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たまたま日記

健康第一・・・!

「コトバンク」によりますと

自粛の「粛」は、

 

(読み)シュク

デジタル大辞泉の解説

 

[ト・タル][文][形動タリ](多く「粛として」の形で用いる)
静まり返っているさま。「場内として声なし」
つつしみかしこまるさま。「としてを正す」

 

常用漢字] [音]シュク(呉)(漢) [訓]つつしむ
心・規律などを引き締める。つつしむ。「粛啓粛正粛清粛党自粛
身が引き締まるほど厳しい。「粛殺厳粛
物音を立てない。「静粛
[名のり]かく・かた・かね・きよし・すすむ・すみ・ただ・たり・とし・はや・まさ

出典 小学館

https://kotobank.jp/word/粛-528102

 

だそうです。

 

多くの人が

「身が引き締まるほど厳し」く、

「心」「を引き締め」「つつし」んでいるわけです。

すごいこと!ですね。

 

とはいえアテクシは呑気に、

「自粛→人と会わない」

ということで、色が合わない「染め粉」

(戦前?でもいまグーグル先生にお尋ね申し上げたらちゃんと出てきた)

を無事に使えて喜んでいる次第です。

 

よかったよかった。

 

もう少し若かった頃…

つまりはまだ白髪が少なかった頃は、

少し濃いめの色を買っていたのです。

 

それがあれよあれよと年を重ね、

あまりに濃い髪色だと、

顔や体形は老けているのに髪だけ漆黒でやや珍妙になってしまう。

 

それがいやで、明るい色のものを使うようになっていました。

そして濃い色が余ってしまっていたのです。

早く使ってしまっていればよかったのですが、

後から買った明るい色のほうをつい使ってしまって、

残ってしまったのです。

 

捨てるにはもったいないと思っていたところ、

髪サマ(座布団没収)がこの期間をお与えくださいました。

 

いやいやよかった。

さて、また今後は明るい色にします。

ほんとは染めたくないのですが、

その理由は「面倒くさい」一択です。

 

ただ、グレーヘアは小綺麗にしておかないと

ただのみすぼらしいオバサンですからね。

まあそれで個人的にはいいんですけど、

それでなくとも見た目がアレなのに、

さらに周囲を不快な気分にさせるのは

人として問題があるかと。

 

そう思うのでございます。

ますます充実した在宅生活を進めておりますが、

うーん、仕事がまさか始まりやしませんよね?

 

いま出勤なんかしたら、密になってしまう!

密以上に、阿鼻叫喚地獄の可能性も!

 

「ここ(家)ではないどこかに行きたい」

という人は世の中にはたくさんいます。

 

お願いですからエライ方々、宣言期間中は休ませてください。

幸い、当面のお金はあるのでお気遣いなく。

雌伏の時があけたらば、生まれ変わったアテクシをお見せします!から。

最近えんぴつ使った?

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うちに鉛筆がたくさんあるので使ってはいるのですが、
やはりそうそう減るもんじゃないですね・・・。
 
小学生の頃、何かあるごとに鉛筆をもらい
(1ダースでもらうこともあった。景気右肩上がりの時代の話です)、
買うときもあまりかわいくないものは1ダースで買っていましたが、
短くなっても捨てるということはせず珠算時に使っていました。
(右手に持ったまま珠をはじき、そのままさっと答えを書くので短いものがよかった)
 
かわいいキャラ物は一本売りのものを買い、
もったいなくて使えずそのまま鑑賞し、そして世相も私自身の年代もシャーペン時代に突入。
 
ですので、うちには鉛筆が山のように(おおげさ)あります。
 
そのため、家では鉛筆を使おうと画策していますが、
そうそう使うもんじゃありません。
 
資格(を取ろうか考え中)のための勉強で使おうとしましたが、
最近ふと、
鉛筆は時間が経っても使える(変質しないという意味で)ので後回しにして、
時間が経つと使えなくなりそうな、
昔入手した様々なインク系筆記具のインクを使い切ろうと思い立ち、
そちらを使うことにしています。
 
というわけで、山のような(オオゲサ)鉛筆たちが
出番を待っています。
でも、トンボとか三菱のようなブランドものや、
サンリオキャラのようなかわいいものはたぶんもったいなくて使えない・・・・。
 
あ、やっぱりブランド物の鉛筆と安いものとを比べると、
使い心地(=芯)がまったく違います。
書き心地はもちろん、消し心地が違うのです。
 
そう、その資格ですが、たぶんこういうアレでアレなので、
夏回はなしで、秋冬の回で開催されるかな・・・・。
 
もともと、夏回か秋冬回か迷っていたのです。
しかし、現状だと夏回ではまだ勉強が足りないな~
秋冬かな~と漠然と思っていたところへ
こういうアレでソレでコレ。
 
それともいっそ、来年にしようかな・・・グラサン
(受ける気はありますよ、ええ)

いま、自分がなぜこうやって家でのんびり過ごしているのか

わからなくなってきました・・・・。

 

それは決して「不満」ではなく、

楽しすぎて楽しすぎて、麻痺している感覚です。

 

こんなに思う存分、家にいられてダラダラできて、

果たして元に戻れるのだろうか・・・。

 

とはいえ、

外出せよ!引きこもるな!

という世相にはもう二度とならないでしょう。

 

強いていうなら、いま通販をちょっと遠慮しているので、

早く以前のように利用したいな~くらいでしょうか。

 

(遠慮の理由の一つに、

家人は絶対に!何が何でも!対面で受け取りたがるので、

このご時世申し訳ないというものがあります。

説明しても、自己流にあさっての解釈をするのでかえって怖い)

 

私がしたいこと、すなわち

一人で適当に外に出て家の近所で必需品の買い物をすることは今も出来ますし。

 

ああ、献血には行きたいのですが、

ルームまでは公共交通機関を利用するので、

それを考えるとどうしても足を向けるのは憚られてしまいます。

 

献血は不要不急の外出には当たらないという公式見解がありますが、

どこでもらってどこで他人に移すことになるかわからないので・・・・。

 

日本赤十字社ホームページ

「緊急事態宣言下でも献血は必要です」より

http://www.jrc.or.jp/activity/blood/news/200407_006143.html

 

 

やはり、基礎疾患のある家族には移したくないです。

その1

 

だいぶ前にネットで見た言葉です。

 

確か、医療福祉系のボランティア活動をしている人の言葉で、

 

手伝ってくれなくてもいい

ただ、足を引っ張らないでいてくれればそれでいい

 

というようなものを見たことがあるのです。

 

積極的に手やお金を出してくれなくても

「積極的に邪魔をする」ようなことをしないでいてくれれば、

それで自分たちには十分にヘルプになる、という文脈でした。

 

今もそういう状況か、と考えます。

 

その2

 

この騒ぎで、

人の本性があぶり出されてきている

と、自宅待機になる前に職場の人が言っていました。

 

このご時世、必要ないのに積極的に出かけて

積極的に人と触れ合っている人がいますが、

少なくとも近所の人にはわかっているでしょう。

ご近所全員ではなくても、一人二人にはいずれわかるでしょうし、

もしくは通りすがりの必要火急で出掛けている人の目にはつきます。

 

通りすがりの人が誰かに話し、まわりまわって

あ、その人知ってる。

ということも十分にあり得ます。

 

自分の欲望が最優先、

自分の目の前にないことには考えが及ばない

他者のことは考えられない

 

という人とは、今後の付き合いもちょっと考えさせていただきたいです。