gone.
街に出ると新年の律儀さは何処へやら、相変わらず社会はタフだ、みんな歩いている。
半年に一度の腹痛に襲われながらも金曜日のMEN's館では多分最期のnumber(n)ineを拝むことになる、高橋盾氏の「解散」という表現が全てを物語っている。
深紅のカーテンをバックにカリスマ性、ピンポイントがストライクで、どうしようもなく立ち尽くしてしまう、その後は上の空で寒空の下、かつて存在した隣のクラスの気になるあの子よろしく肝心なことは案外何にも覚えていなくて、同じ気持ちになるのは一瞬、しかし舞い上がったりはしない私は私が思っているよりも頑丈にできていた。
ファン心理とやらはどうやらお約束で、そんな奴は数知れず、星の数程ではないにしても兎に角沢山いるものだから私はもっと乾いているべく露わにはしない、リアルは効用、安っぽいが頑張ろうと思った。
今外出用にはYOUのエッセイを、ベットの上ではジェイムズ•ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を読んでいる。
『フィネガンズ・ウェイク』は噂に聞いていた通り難解中の難解。
全く意味が解らなくって、解らなさ過ぎに加えて当て字だらけで意味も掴めなものだからイマジネーションが全然追い付いてくれない、擬音語だらけだし。
古い洋館の一番高級な椅子に座って、若しくは年季の入った紙の匂いがする古本屋の片隅に体育座りしながら読みたい、ホテルの一番高い部屋だって悪くはない。
しかし意味は解らないけれど、センスの良い素敵な造語が沢山でてきてそわそわする、こんなことをあの分厚い本二冊分も続けていられるなんて、作者はマッドサイエンティスト並みにファンタジック且つキテレツな方だったのだろう、そんな上質な言葉を目の前に私は完敗だ、意味を理解できないのが何とも悔しい上もう既に最後まで読み抜く自信すら失っている。
理想は原作と並べて読むこと、翻訳者のセンスが問われる文章。
そして遂にYOU女史が言ってしまった、私が薄々勘付いていたことを。
「いろんな目に遭って、テンション高いばかりじゃなかったはずだし、ガーンと目の飛び出るほどのショッキングな落胆を味わい、それでも男の子といたいのはそうゆうことなのかなあ、」と。
多分、そういう女子たちはフェミニズム云々とかそういう社会的で戦略的なことではなくって、もっと本能的なレベルで女を楽しんでいるし、女であることが大好きであり、アイデンティティの重要な部分としてとてもポジティブに能動的に意識している。
困ったなあ、チルの「自分を愛せない子どもは他人のことも愛せない。」よろしく、それじゃあもうそこにはナルシシズムしか存在しないのか、他者愛を還元していくと結局自己愛しか残らないんだろうかということになる。
ラジカルにフィジカルには絶対に必要なんだけど、そればっかりじゃあ味気ないし余ってるスペースがないとドラマチックもロマンスもブルースも生まれない。
クーンもファイヤアーベントも然り、きっと色んな分野の沢山の偉大な学者たちは問題を提示するだけ提示して無責任にも死んでしまったから、生き残された私達はどうすればいいのか、肝心な答えは見えないままだ、それで何を信じてどうするかは個人のレベルで考えてくれということなんだろうか、この調子だったらまた後世に持ち越される。
電車を並んで待っていたら、後ろにいた外国人の背の高い伯父様が「ユーキャンキャッチナップ」と何の脈絡もなく呟いた(そう聞こえた)ので反射的に振り返ったらノリにノっていた、ジャパニーズならただの変態だ、その違いは何なんだろう、一般常識に振り回されてはいけない。
"you can't catch up."
追いつけない、か。何に。