EVEN IF I'M ALONE...
関西に帰ってきたらこっちもすっかり日没が早くなっていて、もう何もかもセンチメンタルだ、秋が来ている。
時間刻みでどんどん濃厚になってゆく金木犀の匂いの所為なのか、秋はいちいち何でも感傷的でいちいち突き刺さるように悲しく、なんでもない小説の一文に、ヘッドフォンから零れるいつもの歌声に、涙腺が緩い。
初春のそれに比べれば毎年、それはもう浮足立って鼻歌交じりで、手を伸ばせば届く冬に想いを馳せながら、喜んで秋に身を投じているのだけど、今年は何だか躊躇うものがある、時間の流れは残酷で私を置いて行く。
10月6日、快晴、気温摂氏10°、札幌郊外のモエレ沼公園では頭の中で「世界の終わり」ってフレーズが何度も飛び交って、死んでも大丈夫だと思わせてくれた、こうやって一つづつ死ぬ準備をしていくのかもしれないなあ、人間は。
HIDAMARIはラピュタを、丸い芝生はもののけ姫を連想させるし、圧倒的な広さと自然を目の前にしたら、思考回路は停止して、何も考えられない、ただただ見てしまう、もう全部どうでもよくなる、ポジティブに、どうでもいい。
HIDAMARIの屋上で空以外に視界に入るものが無い位置があって、そこでは不本意にも空に浮いてるみたいだと思わず声にしてしまったこと、人知れず鼻の奥が痛くなったこと、写真じゃなく頭の中に記憶しておきたい。
忘れてしまうことはあっても、頻繫に回想していれば、鮮明に思い出すことは可能なんだろう。
札幌は大都市という表現がぴったりよく似合う。
碁盤の造りと駅前のモダンさは京都駅を思わせ、何でもあるという点では大阪のミナミっぽいけど、規模が圧倒的に違う。
都会はどこまで行っても都会で、山はどこまで行っても山、平野はどこまで行っても平野で、空は本当にどこまでも続くんだ。
気の所為か、札幌は親切で丁寧な人が多い、人がいい。
DA:TEの店員さんが嫌味じゃなく、話やすかったこともあって、いつかこの街に住むのも本当に悪くないなと思った。
神戸よりも大阪よりも、多分東京よりも私の求めているものがそこにはある気がして。
アリストテレス、あなたもその矛盾に、科学的根拠のなさに、気付いていた筈でしょう。でも今は21世紀、正しさなんて問題じゃない。
地球は丸い。
一人で行かなくてよかった。





