『車椅子探偵の幸運な日々』 ウィル・リーチ | 固ゆで卵で行こう!

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朝食後にはポーチに出て外の空気を吸うのが日課であるダニエル。
その際によく見かけていた通りを歩いている若い女性が、ある日、古いカマロに乗るのを目撃した以降、彼女が行方不明になっているのを知る。
ダニエルは彼女の目撃情報をネット上の掲示板に寄せるのだが、その直後に何者かからの脅迫を受け…。



主人公のダニエルは進行性の難病、脊髄性筋萎縮症(AMS)を患っています。

唸り声しか発せないのでipadの読み上げ機能で会話し、体も殆ど動かせないので電動車椅子での生活を、幼い頃からの友人であるトラヴィスやヘルパーのマーなどに支えられながらも、オンライン上のクレーム処理という仕事をしながら自立した生活を送っています。

そんなダニエル、咳をする事ができない事で呼吸が止まる事もあり、常に死を意識しているという事もあり、物語自体も重く感じるかと思いきや、ダニエルの語りは決して人生を悲嘆するのではなく、生きる事への喜びや希望がユーモラスにも語られるので、読んでいて楽しくなってくるほどです。

そしてそれはダニエルを支えるトラヴィスとマーという二人の存在が何よりも大きいんですよね。

トラヴィスはまさに親友といった感じで、幼馴染である彼は、お調子者だけどダニエルの側で常に明るく、ダニエルが昔のように動けず話す事ができなくなってしまっても、以前と変わらず冗談を言い合える仲。

マーは責任感も強く仕事としてダニエルを完璧にサポートしていますが、トラヴィスと同じように言葉を交わさなくとも目を合わせるだけで会話できるなど、その信頼関係が目に見えるようです。

そんな二人との日常のやり取りがダニエルによって語られているんですが、トラヴィスがダニエルにこっそりとビールを進める場面や、生活のために多くの仕事を掛け持ちし必要最低限の事しか会話しないマーの几帳面仕事ぶりやトラヴィスに向けている愛情など、思わず微笑んでしまう事しばしば。


とはいえ死を覚悟しているダニエルの心の内が描かれる場面では胸が苦しくなる事も。

「僕は幸運だ」と叫ぶ姿は、清々しくもあり勇ましくもあるけれど、どこかやはり切ないものを感じます。

自分の障害、環境を、そして死を受け入れているように見えても、やはり生きたいと願う想い、ダニエルの周りの人たちへの感謝や生きる喜びが、前向きに生を謳歌する姿がなんとも胸を打ちます。

また、そんなダニエルの姿を通じて、自分自身の生きている喜びや幸運を見つめ直したくなる、そんな素敵な物語でもありました。

そうそう、ダニエルによって、障碍者から見る世界や視点は障碍者にとってはそれが当たり前のものであること。
なので、憐憫の目で見られたり、どう接していいか分からない存在として見られたりする必要が無い事を示唆してくれるのですが、それは納得のいくものとして心にすとんと落ちるものがありました。

相手によって受け止め方や感じ方って個人差はあるのだろうけど、そういうのを意識するというか、意識しないでいられたら、ダニエルとトラヴィス、そしてマーの関係のように信頼や友情が本当の意味で生まれるのかも知れませんね。


本書を誘拐された女性を、そして誘拐犯を探すミステリーとして読むと物足りないと感じる方もいらっしゃるかと思いますが、(ごく一部を除いて)悪い人も出てこない事もあって、ダニエルの生きる喜び、良心や優しさ、希望や力強さを感じられ、読み終えるとなにか温かなもので心が満たされるような、そんな素敵な青春小説でもありました。