昨年の10月にうつ病になりました。


当時の僕は些細なことでイライラし、家族内の空気もかなり険悪でした。


そんな僕に最初に精神科の受診を勧めてくれたのは妻でした。



しかし、当時の僕は自分がうつ病であることを認められなかった。


その時妻に言い放った言葉を自分でもよく覚えています。



「そんなに精神科を受診させたいんだったら、行けばいいんだろ?」



酷いですよね。



僕のことを心配して言ってくれた言葉にこの返答です。



もちろん妻は悲しみましたし、それに罪悪感を持った僕は一旦謝罪し、翌日受診の予約をとりました。

以前抗不安薬(デパス)の調整をしてもらうために通院したことがあった精神科だったので、待たされることなく再診を受けられました。

受診をする前の自分の心境をよく覚えています。

「どうせまともにとりあってもらえない」「分かってもらえるはずがない」「とりあえず抗うつ薬が処方されるんだろうか」

不信感に苛まれていました。

主治医は当初、僕の話を聞きながら「夏の疲れが出たのかな」と言いながら聞いていました。

うつ病かどうかを調べるテストがあり、「一応これにも取り組んでみよう」と言われ、僕が日頃感じていたままに回答しました。

結果を見た主治医が「死にたいって思うことがあるの?」と僕に聞きました。

事実、僕は当時何度も死が頭をよぎり、楽に死ねる方法を検索し、運転中に「このまま事故に遭って死ねたらいいのになあ」と感じることが多々あったので、「はい」と答えました。

すると主治医が「死のうなんて考えたら絶対にダメだよ」「もしそんな考えがよぎったらすぐに受診しなさい」「時間を作ってみてあげるから」と言ってくれました。

その途端僕は抑えていた感情が涌き出てきて、大人になって初めて人前で泣いてしまいました。

「分かってもらえた」「受け止めてもらえた」

そんなふうに感じたんだと思います。

今でもその時のことを思い出すと目頭が熱くなります。

その後からです。

頭がボーッとして脳に霧がかかったようになりました。

僕は精神科病院に勤めているので、「ああ、これがうつ病の思考障害か」とすぐに分かりました。

主治医の前で素直な感情を出せたことで、晴れて発症できたのです。

なぜ僕がここで発症「できた」という表現を用いたかと言うと、理由は次のようになります。

受診する前の僕は自分の感情を押し殺していました。


押さえ込まれていた感情は、僕の心から出ることが出来ず、日に日に増幅してきていたのだと思います。



もしこのまま感情を圧し殺し続けていたら、僕は間違いなく重度のうつ病になるか、または自殺していたと思うのです。

だから、この時僕の心を開いてくれた主治医には心から感謝しています。

命の恩人と言っても過言でありません。

翌日から僕は仕事を休むようになり、数日後休職することを決意しました。