週末が雨予報になってるので
ピット予約の2200円が鈴鹿に寄付となりそう
たかが、2200円って仰る方もいるけど
これを「ピット予約してるからなぁ…」と
とりあえず曇りかもしれないと、鈴鹿に行く人もいる
私は鈴鹿へのガソリン代を考えたら
行って走らない可能性が高いならガソリン代を節約しようと考えるのですが。。。
まぁ
それは個々の考えとして…
お金の使い方と価値観と得られる物について
違いが判明しないことがあって![]()
結局は、お金って言うのものに価値を付けて払うのは人の心だとも思うのですが
例えば、すごくいい経験をした場合と凄く嫌な経験をした場合で同じ金額を支払っていても
勿体無いと感じるか、満足感でいっぱいになるか
人によるけどこのクオリティをこの金額でいいの?って感じたり、
は?この金額でそれかよ。って感じたり
最近では、自分に置き換えて考えると
⚫︎釣りに行くのに3時間半、下道で行って
往復でガソリン代だけかかって軽自動車で3000円くらい。
これで何も釣れなかった
だから、成果はゼロ。
⚫︎鈴鹿に行くのに朝5時に出て下道で往復、燃費悪いトランポで同じく3000円くらい
ピット予約2200円
雨で走行中止
だから、成果はゼロ。
どちらも、似たようなものなのですが
釣りの場合は何故か“釣れなかったけどいっか”
と思う事が100%
理由は、道中の峠道の景色が綺麗
海が見えて来た時の高揚感、
海を見て釣りをして、釣れるかな
って終始のワクワク感、更には、自然の中で過ごせるという
非日常感。
よく書いていますが、聞こえてくるのは鳥の囀りと渡船が波と風で軋む音だけです。
目の前は海の遠くに山々と空。
釣れたら最高、釣れなくても、この海にいる事と広がる景色に癒させれてるんだと思います。
あぁーあ、釣れなかったなぁ、と
肩を落として帰路につくのですが、夜は山中で鹿がいたり狸が横切ったりとそれとまた、私には
ナイトサファリで楽しい。
だだ、鈴鹿まで来ると
どっと疲れが出てくる…
それで思った事が
鈴鹿という場所が日常になってしまったのではないだろうかって
釣りに行く時もすごーく感じてたのが
「いつから、私は鈴鹿に行く事をドキドキワクワクしなくなったんだんだろうか…」っと
何となく「練習しなくちゃいけない」「走らなきゃ」「頑張らなきゃ」「タイムでるだろうか」
そんな思いばかりになって
あれ?
昔はもっとワクワクドキドキしていたんじゃないか
って思いました。
釣りは今は、本当にたまにしか行けないから
いつも新鮮な気持ちでいれてて
更に誰かと自分を比べる事もしなくていい
誰かに気を使う事もしなくていい
帰りたければいつでも帰れるし、辞めたければ、そんなにお金かけて釣り道具も揃えてないから、辞めれる。
本来の「趣味」とはそういうポジションなんじゃないかなぁ
そんな事も考える時間がある釣り。
釣れたら嬉しくて持ち帰って家族に自慢してw
美味しく食べて大満足。
で、サーキットは??
いや…でも、私は知ってしまってるんですよね![]()
面倒な準備してお金使いまくって
他人様に力添えして手伝ってもらってまでして
タイムが出た時の喜び、
目標が達成できた時の気持ち。
周りを巻き込んで、とっても最高の気持ちになれる瞬間
これが何にも変え難いってことを
だから、本当にみんなが仰る
麻薬なんだろうね、サーキットって
金かかる、面倒くさい、うまくいかない
ハッキリ言って苦痛じゃん。お金払って何してんの?って思うんです。
釣りしてると思うんですよね
バイクにかけてるお金でこの辺の空き家買えたなあって。笑
南伊勢の空き家なんてちょっと高台の窓から海が見えるいいところ
完全に買えてました…
どんだけお金使ってるんだろう
こんな私ですらそう思うから、もっと大きな排気量やチーム持ってた人なんて想像できない。笑
私の人生の選択は合っているんだろうか。。。
その答えは続けてる以上は出ないですし
決勝用ヘルメット見て「がんばるぞ」と思えるうちは、続けるつもりです。
釣りはいつまででも行ける。
レースは開催が終わったら終わりかもしれない。
レースが終わると、私のサーキット繋がりもどんどん薄くなっていくだろうな
そう思うと今一緒に過ごしてくれてる皆様とも
永遠じゃないですもんね…
色々とあるけど、いつかは会わなくなる人たちばかり。
ほんまに
お金って何なんだろうか。。。
人の心を揺さぶる悪魔。
お金に囚われたらいけないですね。
難しい問題だなぁ〜
またね![]()
