わりとお金に困らずに生きて来た人に
お金に困りつつ育ってきた人の本当の気持ちはわからないし
物を盗んで来た人に
大切な物を盗まれた人の気持ちは絶対にわからない
裏切って生きて来た人に
裏切られて傷付いた人の気持ちは察する事すらできない
あれこうしろ、それどうしろ…ばかり指図して過ごして来た人に
実際に苦労して進めている事の難しさと大変さはわからない
悪口や陰口ばかり言って気を晴らしてる人に
悪口や陰口を耳にした人の心の痛みはわからない
後者の方が損をしているように思う。
前者なんて、その事が過ぎた後に
“昔は悪かったなぁ”とか、“足を洗って人生やり直しています”など、ふざけた事をどうどうと武勇伝のように語って何事もなかったかのように
過ごしている
それが、この世の中と思うと
貧乏人や物を盗まれた側、裏切られた側、好き放題言われてる側などが、何となく弱者のように感じる。
私に何かあった訳じゃないんだけど。笑
色々な話を聞いたりすると
昔、窃盗を繰り返してた人が
「今は反省してます、子供もいて足を洗って真っ当に仕事しています」などと言ってた話を聞いて
反省すれば、盗まれた人の悔しくて辛くてやるせない気持ちが晴れるとでも思ってんのか…と思ってしまう…![]()
過去に大事にしてたYB-1のミラー取られたり、イタズラでガソリンホース切られたり、
大阪ではシグナスを盗まれた事などがあるから
こんな小さなことですら、私は「犯人は地獄に堕ちろ」って思ってきっと生き霊を飛ばしたと思うのに(笑)
大人になったから…とか、
足を洗って反省したから…とか
許されると思ってるのだろうか…と内心思ってしまう。
過去に犯した過ちは一生背負って生きていって
死んだ後があるとしたら、そこで裁判を受けて
家畜に生まれ変わるなりして罪を後悔するしかないのだと思うのです。笑
何を言ってんだ、この人は…
って人が世の中にはいるから。
悪いことをする、した、または言う、言った…
それを消すことは出来ない。
少しでも減算させたかったら、
人の為、世の為に無償で何かするしかない。
誰かに感謝されることをする。
人は生きてるだけで、何かしらの罪があり
知らない間に、また、そんなつもりがなくても
誰かを傷つけているそうです。
世のため、人のために
何かできることがあればやろう…
私もきっとこの人生、たくさんの過ちと誰かしらを傷つけいるのだからね。
ボランティア先のおばあさんが退院されました。
「えみちゃん、本当にありがとうね、猫達のお世話もありがとうね」と言ってくれますが
たまにの猫達の面倒なんて
本当に、全然大したことではないのに
心から感謝を伝えてくれるおばあさん
「徳積みをたくさんしてね」と教えてくれます。
私は何ができるかなぁ…とよく思います。
定期、保護猫活動支援と神社のゴミ拾いはしてるけど、こんなの誰にでもできること…
人から「ありがとう」を頂ける人生
なかなか、難しい。
みなさんは、自分の為の人生の中
人のために、
世の為に、
何をしますか?
そう思う今夜でした。
おやすみ。