生きているということ
耳かき店員殺人事件をご存知ですか?
裁判員裁判で初めて死刑が求刑され、しばらくまたニュースにあがっていたあの事件です。
そのニュースの一部で、“被告は反省をみせている”といった言葉を放った弁護士側のコメントに、あるコメンテーターが言ったのです。
「被告が反省しているのは、被害者が死亡して自分一人のものになったからだ」
「被害者を一生自分のものにすることができたから、だから被告は反省しているのだ」
さて、ここで。古くから言われることではありますが、ひとつ考えてみましょう。
人は殺害を犯すことによって、誰かを永遠に縛ることができるのでしょうか。
殺されてしまえば、その人の人格は殺人者の中で生き続けることになるのでしょうか。
始めに言ってしまえば、私のおもう答えはNOです。
なぜなら、誰かの心に残ることを“生きている”状態だと思えないからです。
くわしくはまたあとで書きます。
では、突然ですが、おふろにいってきます。
W h y
ねえ、何で?
何で「何で」ってきくの?
何で「何で「何で」ってきくの」ってきくの?
何で「何で「何で「何で」ってきくの」ってきくの」ってきくの?
何で「何で「何で「何で「何で」ってきくの」ってきくの」ってきくの」ってきくの?
うーん、
謎だ(´・ω・`)
朝です
のんびりと起き出してきました
デザコン3人はきのうも
がんばってたみたいですね
最近、私の寝ている時間も
作業をしているというブログを
読むとなんだか焦ります
おい、おまえ、
寝てていいのか?
そんなふうに言われてる感じ
誰に?
…誰かに。