1993年実際に起きた「埼玉県愛犬家連続殺人事件」を題材にした映画。
園監督はインタビューで「エンターテインメントとして仕上げた」と答えているが、簡単に調べただけでもかなり実際の事件に近いと感じる。それだけに、背筋が寒くなる。
主な登場人物は、主犯の村田、その妻愛子、村田に精神を破壊される社本。
見どころのひとつは、手をかけた遺体をバラバラにするシーン。特殊造形にはかなりの気合が感じられる。技術さん、いい仕事してるわ。アマゾンプライムビデオのジャンルはサスペンスだが、ジャンル映画界隈でも高い評価には納得。監督は「今回は露出を控えめにした」とのことだが、実にもったいない。いまさらだが、ディレクターズ・カット版があるといいなと思った。
されに愛好家の心をくすぐるラストシーン。下着に血を滴らせて微笑む愛子。社本と愛子の、臓物血飛沫ヌルヌルバトル。全身血まみれで右手に包丁を握って佇む社本。派手さはないが、それだけに冷たいものが首筋に伝うほど。美しい。
それ以外にも、遺体の骨をドラム缶で灰にするシーンや、肉を小川にぶちまけて棄てるシーンなど心をくすぐる箇所は多々あるが、やはり作品の本質は主人公の堕ちてゆく様子だろう。
おとなしく暗い性格で、うだつのあがらない熱帯魚店の主人社本が、尋常ではない恐怖を味わい精神を崩壊させてゆく。
恫喝と懐柔を弄し相手を意のままに操る村田のやり口は、まるでカルトの教祖。社本でなくても、善悪を見失い操り人形にされてしまうだろう。目の前で行われる残虐な行為、観るものはなぜ警察に助けを求めないと思うだろうが、その当たり前の判断もできないほど追い込まれている。最後は闇に転げ落ち、他人と自らの命に手をかける。演ずる吹越満が素晴らしい。強すぎず、弱すぎず、淡々と堕ちてゆくさまは実にリアルだ。本物を見たことはないが、そう感じずにはいられない。
誰も救われない結末だけに観るものを選ぶ作品だが、観ることで人間の弱さや脆さ、堕ちる過程を学び、事件に巻き込まれないようになる。かも知れない。
最近知ったことだが、誰かに助けを求めるやり方を知らないもの、助けを求めるという判断が選択肢から欠如している者がいるという。『冷たい熱帯魚』で、それが誤りだということを学んではいかがだろうか。
鑑賞後は身も心も、それどころか室温も下がっているように感じる『冷たい熱帯魚』。邦画の歴史に残る作品だ。