トーチカ。それは、戦争の遺構。コンクリートの硬い箱は、この浜で守りの要だった。戦いは終結し、いまは曇天の浜辺に打ち捨てられ、冷たく激しい潮風に曝されている。時が経ち、いつのまにか水際まで移動している彼に、波飛沫がまだら模様を描いている。朽ち果てた仲間の後を追うため身を投げようと、海に向かって這い寄っているのか。かつて人々は、そう噂した。
同じ浜辺、少女がひとり、うずくまるように膝を抱え海を見ていた。風は凍った刃を孕み、容赦なく切りつける。少女は身も心もズタズタで、服は赤茶けた染みで汚れている。私の気分は重く、憂鬱が支配している。少女の固く結ばれた髪が、風に嬲られている。
ひときわ強い風が吹き、少女の体はぐらりと揺れる。傾く体を片手で支え、少女は力なく立ち上がる。ぶるりと体を震わせ、冷たい風から逃れようと、浜辺をのろのろと歩いてゆく。私はじっと見ている。
歩みを止めた少女は、コンクリートの表面にざらりと触れる。潮風のヤスリで削られたその感触を確かめ、少女は小さく切り取られた入り口をくぐった。暗くて狭い空間。少女は冷たく硬い床に腰を下ろし、壁に背をあずける。壁のところどころに、赤茶けた染みがある。少女はそれを、そっと手でなぞる。壁に穿たれた細長く四角い穴は、海に向かっている。だが、少女の位置からは陰鬱な曇り空しか見えないようだ。少女は小さく息を吐きながら、そっと目を閉じた。私もまた、陰鬱な気分に沈む。
外の風は勢いを増し、びょうびょうと音を立てている。頑丈な壁は、風威を感じさせない。ただ音だけが、壁を通して伝わってくる。じっと耳を澄ませば、たたたったたっと、不規則な音が混じってくるのがわかる。雨だ。少女はピクリと身動ぐ。目を閉じているので、聴覚が鋭くなっているのかもしれない。私はそんなふうに思っている。窓の外では、曇天が青白色に閃き、雷鳴が震えている。雨音はますます激しくなる。
しばらくすると、砂を踏むザクザクザクという音が、あちらこちらから聞こえてきた。キシキシと金属を擦り合わせるような耳ざわりな音、砂浜をぎゆうと踏みつけ圧する気配などが、壁を通して伝わってくる。どん、という不意の爆音、爆音、爆音。数え切れない爆音が、部屋を震わす。ざりり、ざりざりりり、砂を噛みしめる音。たたたたたた。雨ではない、規則的な音。何かが倒れるドサリという音。ドサリ、ドサリ、キシキシ、どん、ざりり、たたたたた……。
気がつくと、静寂がふたりを包んでいた。少女は薄く目を開ける。刹那、窓から差す強烈な光が少女の瞳に突き刺さる。光が、細長い漆黒の影を壁に刻む。次いで、ハンマーで叩かれたような衝撃が私たちに襲いかかる。轟と大気が揺れ、その後、すべての気配は消え、外は闇に包まれていた。
私は最後の力を振り絞り、少女を抱えたまま海へ身を投じる。私は自殺するトーチカ。少女は世界に取り残された、最後の者。私は世界最後のトーチカ。愚かな人々は、愚かな野望で自ら破滅の墓を掘り、飛び降りた。少女は終わらなかった戦争の、最後の犠牲者。この絶望の世界に、たったひとり残すわけにはいかない。少女と私は、永遠の静寂を海の底で手に入れるのだ。ふたりだけの静寂を。
雲が切れ、陽の光が、なにもない浜辺を赤く染めていた。
〈了〉