【ショートストーリー】僕の色【朗読イベント落選作品】 | そうでもなくない?

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 こんな夢を見た。

 目を開けると吹雪だった。びゅうびゅうと音を立てる雪が僕の視界を覆っている。真っ白な吹雪の真ん中に、僕はぽつんと座っている。

 ぼんやりとした視界が焦点を結ぶ。そこは雪原じゃなく、病院のような白くて広い部屋。エアコンから冷たい風がびゅうびゅうと吹き付けてくる。
 僕は部屋と同じ真っ白な服を着て、その部屋に座っている。床には色とりどりのビー玉が、バラバラバラと散らばっている。天井も壁も床も電灯も、僕の服も肌も髪も、呼吸の音さえも白いこの部屋で、マーブル模様のビー玉だけが色を帯びている。

 僕はビー玉にそっと手を伸ばす。光の粒子と絵の具が閉じ込められた硝子の球体。硬くつるつるした表面がひんやりしている。右手の指で青い玉をつまみ上げ、じっと眺める。

ぴりっ

 ふいに、指先に電気が走った。ほんの微かな感触。思わず指を離す。ぽとりと床にビー玉が落ち、コロリと転がる。
 ちょっぴりしびれた指先を見る。手づかみでブルーベリーを食べた食いしんぼうのように、手の甲まで肌が青く染まっている。不思議と驚きはなく、ぼんやりと静かな気持ちでそれを眺めている。

 次に僕は、黄色いビー玉を拾う。するとまた

ぴりっ

 今度は左肩だ。目をやると、左肩からひじにかけて黄色く染まっている。どのあたりまで染まっているのだろう。腕を上げたり首をひねったり観察していると、なんだか幸せな気分になってきた。なぜだろう。

 さらに僕は、赤いビー玉を拾う。また

ぴりっ

 次は左足。つま先からくるぶしまで、赤く染まってゆく。気分が高揚し、そこらじゅうを走り回りたくなる。さあ行くぞ、と思ったところでビー玉は手から離れ、それを追うように僕の気分もどこかに転がってしまった。

 次に拾ったのはオレンジの玉。

ぴりっ

 背中一面がオレンジ色に染まる。日向ぼっこをしているみたいに、背中がぽかぽかしているからわかる。もし僕が縁側だったら、猫が二三匹昼寝にくるレベル。

 次は青葉の色。

ぴりっ

 爽やかな空気が鼻腔をくすぐる。新緑の香りに目を覚まされたリスのように、僕は鼻をひくひくさせる。言うまでもないけれど、顔が緑色に染まっている。髪の毛なんかは葉っぱになっているかもしれない。針葉樹のように、つんつん尖っているかもしれない。

 そうしてビー玉を拾うたびに、からだのあちこちがビー玉色に染まってゆく。真っ白な部屋で真っ白だった僕は、いまやアメリカのバースデーケーキだ。色のついたところからは、さまざまな感覚が伝わってくる。熱い、冷たい、楽しい、さみしい、遠い、軽い、むずがゆい、ぼんやり、ちっちゃい、ちょっぴり苦い……。
 その感覚を確かめるように僕は立ち上がり、うーんと伸びをした。
 その瞬間、ぱちんっと音がしてからだがはじけ、いろんな色の僕に分かれた。
 青い僕、赤い僕、黄色い僕、緑の僕、浅葱色の僕、さまざまな色の僕、僕、僕、僕。
 それぞれの僕はお互いに顔を見合わせ、なんだか照れくさそうにしている。いままで気づかなかった、ひとつのままでは気づかなかったさまざまな色の僕。どれもみんな僕なんだ。そう気づいたら、とてもいい気分になった。
 かちゃりと音がして、扉が開いた。ビー玉が開いた扉に向かって、コロコロと転がり出す。僕もビー玉といっしょに、ゆっくりと扉へ向かう。
 扉からさす光がビー玉に反射する。部屋が色とりどりの光で満たされてゆく。

<了>

 

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引き続き朗読イベント『「こんな夢を見た。」』に投稿した、ショートストーリーの落選作品です。夏目漱石の短編集『夢十夜』をモチーフにし、「こんな夢を見た。」で始まるショートストーリーです。友人たちの作品を読んで、自分も読者をじんとさせたり、ほんわかさせたいと思い書きました。

図々しくもご開帳してしまった狼藉をお許しくださいm(_ _)m

お楽しみいただけましたら、作者も幸せです。