日韓共同開催のワールドカップはどうだったか。
日本と韓国では、想定しているハードルの高さが違う
のと、やはりハングリーさの違い。
そこに筆者は歯がゆさを感じている。
それは多分、私のようなシロウトがみていても感じた事
と同じだろう。
今回の男子サッカーは大変話題になり、長友や長谷部
など日本のサッカーもここまで来たかと感慨深いものが
あった。
と、面白いことにあっという間になでしこジャパンに話題
をさらわれてしまった。
もちろん技術的な差や、女子サッカーと男子サッカーとの
違いはあれど、求めるものへの渇望の強さの違いを見た
気がする。
女子がサッカーを続けていくには、まだまだとんでもない
情熱が必要ということなのだ。
その情熱の差が、優勝という形になったということだ。
韓国はあの時更に上を目指していた。
そういうものにこそ勝利はある。
ところで、カップとコロナを通じて思うのは、沢木耕太郎は
常に旅人であるという事。
スポーツの観戦という目的も含め、すべての事は旅の
途上にある。
それは観光であり、冒険であり、生活でもある。
見知らぬ人と話し、バスに乗り、飛行機に乗り、歩き走り
見知らぬ町で眠る・・・・
「『愛』という言葉を口にできなかった二人のために」の中
で書いている。
「自分が最後に行きたいと思える場所を探すために、
これまで様々な土地をほっつき歩いてきたような気が
するのだ」
そうか。彼はまだあの「旅」の途上にいるのだ・・。